第53話『おまじない』@ 葛◆5fF4aBHyEs 様

仕事を終えて会社を出ると、大手企業に転職し、東京に引っ越したハズの元同僚、カイト(仮名)が立っていた
カイトは同期ということもあって、よく愚痴を語り合ったりしていたのだが、その時のカイトはやつれて弱々しい笑みを浮かべていた
とにもかくにも、居酒屋に入って話を聞いてみる


東京に引っ越すことが決まったカイトは、なるべく家賃の安い物件を探しているうち、その事故物件に行き当たったそうだ
不動産屋からきちんと事故物件である旨の説明を受けたが、『霊なんているわけない』と思っていたカイトは、『むしろ安くてラッキー』とばかりに、早々に契約したのだという

「……初めに違和感を覚えたのは、荷物を運び込もうとした時だったんだ」
「部屋に入った瞬間、全身が総毛立って。貧血起こしたみたいに頭からスゥッと血の気が引いて。カチカチ奥歯が鳴って」
「その瞬間、自分でも知らないうちに、呟いてたんだ。……『タダイマ』って……なんかまるで、自分の身体が自分のものじゃないみたいだった」

それから後は、部屋に居ると妙な出来事ばかりが起こったそうだ
部屋の何処に居ても、何をしていても視線を感じる。置いたハズの無い場所に家具や食器が移動している。何度変えても電気がチラつく
そのうちカイトは、特に視線を感じる場所に気が付いた
ベッドに座っている時が、一番視線が強い
ちょうどベッドの向かいに、押し入れがある
カイトは意を決して、押し入れをほんの少しだけ開けて、中を覗き込もうとし

目が、合った

押し入れの中で、ギラギラとこちらを見ている女の視線に気が付いて、カイトは悲鳴を上げた


気を失いそうになるが、何とか耐えて、カイトは部屋を飛び出した

「何日かはホテルで過ごしながら、不動産屋に別の部屋を探してもらって。……でも、そうしているうちに、段々、『何でオレがこんな目に』と思ったらイライラしてきて」
「押し入れに居るってんなら、押し入れに何かあるんじゃないかと思って」

夜行くのは怖いから、と日曜日になるのを待って、昼間に部屋を訪れた
押し入れを開けてみるが、何もない
でも絶対何かあるに違いない、とカイトは天袋を覗いてみたのだそうだ
天袋の天井を触ると、案の定板が動く
慎重に板を持ち上げ、用意してあった懐中電灯を差し込む

暗闇の中、懐中電灯の明かりに照らされた先に、女が体育座りをしていた

「『うわっ』と声を上げた次の瞬間には、女の姿はなくなってた」
カイトはそれを見間違いだと思うことにして、天井裏を探してみたのだそうだが、ざっと四方を照らしてみても何も見当たらない
「でもさ、押し上げた天井の板がやけに重いなと思って。照らしてみたら、あったよ」
透明なガムテープで固定されたそれは、透明なゴミ袋に包まれた5冊のノートだった
「袋は埃まみれだったけど、中はそうでもなかった。ノートはディズニーとか、キティちゃんとかの可愛いやつで」
勇気を出してノートを開いた瞬間、カイトは悲鳴を上げたそうだ
中には赤いボールペンで、余白が無いほどびっしりと、こう書かれていたらしい

『カイトが帰って来ますように』『カイトが帰って来ますように』『カイトが帰って来ますように』………

「でもさ、本当にビビッたのは、その後なんだよ……」
カイトは泣きそうに、顔をくしゃりと歪めた
「思わずノートを放り投げたら、表紙に『カイト かえってきてくれて ありがとう』って書いてあったんだよ……ボールペンじゃなくて血みたいな字で……さっきまでそんなの無かったのに!」

頭を抱えてうなだれるカイトが落ち着くのを待ってから、
「……でもさ、もうその部屋からは引っ越したんでしょ?」
こちらの言葉に、カイトは弱々しい笑みを浮かべて首を横に振った
「俺もそう思ったんだ……でも……」
カイトが新しい部屋に荷物を運び込んだ瞬間、声がしたのだという

『お 帰 り な さ い』……