第48話『街灯にまつわる話』@ 薄荷柚子◆CYOadRFefE 様

私の実家は堤防沿いにある。家の北側は堤防と川しかない。
夜になれば真っ暗なのに、明かりと言えば向かいの家の前にある街灯だけだ。
その街灯も今時珍しい、木の電柱に傘と電球が付いているだけの物で、まったく心もとない。
近所でこんな古びた街灯はここだけだった。

数年前の話だ。夜9時頃家に向かう一本道を歩いていると、向かいの街灯の下に人がしゃがんでいるのを見かけた。
この一本道は堤防で行き止まり、しかも袋小路になっている為、
近所の人か堤防に用事のある人しか利用しない。誰だろう?と思いながら距離を縮めた。

近くで見るとその人物は知り合いではなかった。
首元ぐらいの長さの髪に地味な服装、中肉中背。
こちらに背を向けている為、男か女かまったく分からない。
片膝を付いて、微動だにせず堤防の暗闇を見つめている。
こっそりと家に入った私は母を呼んで、街灯の下の人物を見せた。
同じ場所で堤防を凝視し続けるその姿は、何かを待っている様にも見える。
怖くなった母は、向かいのM家に「お宅の前に不審者がいる」と連絡を入れた。
驚いたM家の旦那さんが外に出たところ、もう不審者はおらず、街灯の下にサンダルが揃えて置いてあったという。
話は近所に広まり、それからしばらくは皆、川で亡くなった人がいないか新聞記事を注意していた。


結局川で亡くなった人はいなかったが、不審者を見かけてから2ヶ月ほど後、何者かにより街灯の下に花が供えられていた。
白花メインのバスケットアレンジはとても豪華で、到底いたずらで置くレベルの物ではない。
M家では気味悪がって「迷惑になりますので持ち帰って下さい」と張り紙をしたが、一向に無くならない。
結局花が枯れた頃、M家で処分する事になった。
すると数日後にはまた新しい花が供えられている。そんな事が3度繰り返された。

3度目の花を処分した後、犯人は捕まった。
M家の息子さんが早朝に帰宅した際、偶然にも花を供える現場を目撃したのだ。
犯人は小柄で白髪の老女だったという。どうやら私と母が見た人物とは別人らしい。
花を供えた理由を聞いても「ここに娘がいる」と言うばかりで要領を得ない。
それでも根気よく聞き出すと、娘さんは数年前に病死したらしい事、
拝み屋の様な人に「娘さんがこの街灯の下にいる」と言われたらしい事が分かった。
(肝心の、何故この街灯の下なのか?については解明されなかったが。)

老女はどうも認知症を患っているようだったので、M家では大事にはせず
花を供えないよう説得して、そのまま帰したそうだ。
その後この街灯に花が手向けられる事は無くなった。


そして3ヶ月ほど前、行きつけの店の主人からこんな話を聞いた。常連客の体験だという。

その女性はウォーキングが趣味で、堤防が定番コースだった。
ある日歩き始めが遅くなり、折り返し地点に来た頃には日が落ちてしまった。
歩きなれた道とはいえ、夜の堤防を歩くのは怖い。そこで堤防を降りて、住宅街を抜けて帰る事にした。
住宅街に入るとすぐ街灯が見えた。古びた木の街灯だったけれど、明かりがあるだけでほっとしたという。


ここまで聞いて予感がした私は、その街灯の事を詳しく尋ねた。果たしてそれは、件の街灯であった。
実家の向かいにある街灯だと分かり、店主と二人驚く。更に店主が語るところによると…


女性が街灯の下を通り過ぎたその時、急に明かりが揺れ出した。
丁度それは、大きな蛾が群がっているような光の明滅だったという。
振り返ると、街灯の下に何かがぶら下がっている。眩しくて見づらいため一、二歩戻ったが、異様な光景に足を止めた。

ぶら下がっていたのは、麻袋に入った人だった。


頭部は袋から出ているが、長い髪を振り乱して顔は見えない。
その人は街灯が揺れるほど必死にもがいている。反射的に助けなければと思ったが、
先ほど堤防から降りた時には、こんな物を見た覚えがない。
しかしあまりに生々しいので、夢とも現とも判断がつかず、ただただ見上げていたそうだ。

麻袋を下げてあった紐が千切れたのか、地面に人が叩きつけられる音で、女性は我に返った。
自分の2mほど前に落ちているそれは明らかな質量を持つ“この世のもの”にしか見えない。
やはり助けなければ、そう思った女性の目の前で、麻袋からうつ伏せに人が這い出して来た。
その女性は「ぬるり」と表現していたそうだ。とにかく人の動きではなかった、と。
それは一瞬にして女性の足元に到達していた。
2mは離れていたはずなのに、今は女性の爪先に額を預けている。
質量はあるが、この世のものかと問われると…
女性は全速力でその場から逃げ出したそうだ。


今後もあの街灯の下で奇妙な事が起こるのか、楽しみでもあり恐ろしくもある。
とりあえずもう自分は体験したくないので、夜間は近づかないようにしているのだが。