第19話『家系』@ 葛◆5fF4aBHyEs 様

「私、呪われてるんですよぉ」
突然こんなことを言われたら、普通は「はあ?」と思うだろう
現に自分も「はあ?」と聞き返した
いくら会社の忘年会の席での無礼講とはいえ、彼女の突拍子もない発言に耳を疑った
他の社員は銘々出来上がっているので、下戸の自分に話し掛けたのだろう。他に彼女の話を聞いている者はいない
……というか彼女自身、既に出来上がっている気がする。聞いてもいないのにそんなことを話し始めるあたり、特に
彼女は頬を上気させて、こちらの返答など気にすることなく続けた
「私の家系ね、『地元を離れられない呪い』がかかってるの」
「……はあ。左様(さい)で」
「小学校の修学旅行は、季節外れのインフルエンザに罹って行けなかったの。中学の時は直前で事故に合って……その時に、おばあちゃんが教えてくれたの」
『うちの家系の女は、地元を離れられない』と言われた彼女は、ひどく反発したのだという
「だって、そんなの納得いかないじゃない?だから高校は遠方の、全寮制のトコに行こうと思って、すごい勉強したの。……でも、受験直前にO-157に罹ってさ」
結局地元の高校に進学した彼女だったが、それでも諦めきれず、
「大学こそはと思って勉強頑張ったわ。あ、ちなみに修学旅行は台風で行けなかったんだけどね。で、あちこち受験したんだけど……」
結局、入試に行くことさえ出来なかった、と彼女は言う

かたや人身事故で電車が止まる。かと思えば雪が降る。ひったくりにあって切符と受験票の入った鞄ごと紛失する。受験し直そうとしたら渋滞にはまる
タイミングよく不幸がある。実家に落雷があって、それどころじゃなくなる
台風と言えば、小学校の時のキャンプも台風で流れたっけ。思い出しながら、彼女はそうつけ加えた
……一通り話してスッキリしたのか、やっと言葉の止まった彼女に、
「……でも、今は地元を離れてこっちに来てるんですよね?」
そう問うと、彼女は満面の笑みで頷いた

「だって、『娘を生んだら娘に呪いが移る』って解ったから!今、私は自由なの!」

嬉しそうに
心底楽しそうに答える彼女に絶句する
「……それはつまり、そのために娘さんを生んで、捨てて来たと……?」
「ヤだ、失礼なこと言わないでよ。そりゃ娘は可哀相かもしれないけど、ちゃんとお母さんとおばあちゃんが見てくれてるし。私だって被害者なのよ?」
そうは言いながらも、彼女の表情は『嬉しくて仕方がない』と物語っていた
悪びれず、にこにこと答える彼女に、罪悪感は微塵も見えなかった

あれから数年が経ち、自分はとっくにその会社を辞めていたが、彼女は今でもその会社で働いているらしい

「今、私は自由なの!」……満面の笑みでそう言った彼女を思い出すたび、つくづく実感する
『生きている人間の方がよっぽど怖い』、と