第43話『祖母の話「狐火」』@ 葛◆5fF4aBHyEs 様


「昔々、そこの線路にまだ汽車が通っていた、婆ちゃんが女学生の頃の話だ」
祖母はそう切り出したが、自分が生まれた時にはとっくの昔に線路は廃線になっていたので、「汽車が通っていた」と言われても今一つ想像できなかった
「その時は何でか用事があってナァ、汽車に乗り損のうたんよ。その頃は今みたいに電話も無いでナァ、婆ちゃん、線路を歩いて帰ることにしたんよ」
学校から家までの距離は10キロほどだったらしい。「昔の人は健脚だから」と祖母は笑う。勿論、今はそんなことしちゃなんねぇけど、としっかり釘もさす
「所々にぽつんと外灯があるくらいで、後は真っ暗だ。月と星の明かりだけを頼りに歩いたが、『線路』っち言う『道』がハッキリしとうけん、怖くは無かったな」
そうしてしばらく歩き続けると、ふと前方に明かりが灯ったのだそうだ
「外灯の様に上から照らす明かりじゃのうて、人の胸くらいの高さでな。その明かりがふわり、ふわりと動くわけだ」
人魂かと驚く祖母の前で、明かりは一つ増え、二つ増え、と次第に数を増やしていく
「こりゃあマズい、と思うたが、よくよく見ると明かりは線路の上をゆっくり行ったり来たりしよるけん、もしかしたら、足元を照らしてくれよるのかち思うてな」
怖がってその場に留まっていても仕方がない、騙されたら騙された時、と祖母は腹を括り、再び線路を歩き始めたのだそうだ


「せやけど、行けども行けども家に辿り着くどころか、民家の一軒も見当たらん。こりゃどっかに連れ込まれて迷わされよるのかと思うたんよ」
意を決して線路から逸れ、葦を掻き分けて川に出ると、何故か普段は膝下までしかない水深が、どう見ても人の背以上の深さにしか見えなかったという
「仕方がないけん線路に戻ってまた歩き始めたんやが、今度は明かりの方が線路から逸れとってな」
明かりを頼りに歩いていた祖母は線路から外れたことを奇妙に思ったが、何となく明かりに従って線路を外れたのだそうだ
「そうすっと、向こうから汽車がやって来てナァ……」
危ないところだった。そう思うよりもまず、祖母は汽車が通っていることに驚いた
もう最後の汽車もとっくに終わっている。かといって、貨物車でも無い
驚く祖母の前を、汽車が通り抜ける
「……乗っとったんは皆、兵隊さんでナァ……皆同じような青白い顔で、ジィっとこっちを見とった」
汽車が通り過ぎてから、また誘うように明かりが線路の上に灯る
それに沿って歩いていると、すぐに家の前に出たのだという
「気が付くと明かりは消えとった。婆ちゃんの爺ちゃんに話したら、『そりゃきっと御狐様が助けてくれはったんやろう』ち言うてな」
翌日、近所の稲荷神社にお参りに行ってきたのだそうだ


もう既に廃線になって久しい線路だが、祖母はたまに「今でも夜中に汽車の音がする」と言っていた
あの線路には、今でも兵隊さんを乗せた汽車が走っているのかもしれない