5 生き人形~不幸の連鎖~


「それでこれから人形が出来るんだけども・・・」
なんて人形の話をして、軽く舞台の動きをやったんですね。
私の役は人形とも多少絡む場面もあるんですが、割と一人で喋るシーンが多くて、
人形は動いて私は喋っているだけだから、そんなに神経を使わなくていいわけだ。

一緒に舞台に出るこの人形、125センチあるんだよって前野さんが話してました。
三人がかりで動かして、それで日本舞踊を踊るんだって。本当に綺麗な人形でしたよ。

その日の顔合わせが終わって、次の稽古日から私のスケジュールを取りました。
それで稽古場に行った。人形も出来てきていました。
色の白い綺麗なオカッパ頭をした少女人形ですよ。
背は125センチある。それを三人がかりで操るんだ。

でもこの人形、どういう訳だか右手右足がどうもねじけるんですよ。
それで、私デザイナーでそういう方面も作れるんで、
「前野さん、直してあげようか?」って言ったんです。

そしたら前野さんが
「いやいや、作ってもらった人に直してもらうのが一番だから」って言う事で、
この人形を製作した、人形作家の小宮述志に直しをお願いする事にしたんです。

でも私、あの名人がこんな計算ミスするのかな?と思った。

この人形というのは小宮述志さんという有名な作家さんがお作りになった人形なんですよ。
その方が失敗なんかするわけがない。なのにこの人形はこうなるの。
理屈で考えてもおかしいんだ、こういうことになるのは。

それですぐに前野さんはその作家の小宮述志さんに連絡を入れたんだ。
でも連絡が取れない。次の日もまた尋ねた。でも連絡が取れない。

そうこうしているうちに前野さんが僕の所にに来て、
「稲川ちゃん、おかしいんだよ..
 人形を作った小宮さん、行方がわからない..」
って言うんですよ。

小宮さんの行方はその後しばらくずっと分からなかったんですよね。
でも稽古はしなくちゃならない。
でもまだ台本も出来てこない。ちょっと遅れていた。

台本を作るのは、作家の佐江衆一さんという方なんですね。
文学座なんかでやっていらっしゃる方でもってね、純文学の方ですよ。
演出もされていらっしゃる。

そんなある時に、この佐江衆一さんという方と原宿で会ったんですよ。前野さんも一緒に。
「稲川さんのところはアドリブでいいと思うなぁ、面白いし。
うん、そのほうが見せ小屋風で面白いし、それでやってくれる?帰ったらすぐ台本も出来るよ」
なんて舞台の話しなんかをしてね。それで、佐江衆一さんは鎌倉の方へ帰っていった。

その日の夜中、電話が鳴りましたよ。
電話に出ると
「あ、稲川ちゃん?」
前野さんの声。

「稲川ちゃん大変なんだ。
佐江先生のおうち、全焼しちゃった..」
って言うんですよ。
「さっき電話した時は燃え始めた頃でね、それでさっき電話があったんだけど全焼でね。
それもね、台本が書き終わったらすぐに出火したんだってよ。書斎から..」

それで、全焼だから台本もまだ出来ないって言うんですよ。
(なんだそれ?)と思ってね..
結局台本が無いまま、稽古を続けていたんですよ。

前野さんはすごく稽古熱心なんですよ。
私よりも年上ですが、人形一筋で結婚もしていない。

ところが稽古中に急に私のところへ来て、
「稲川ちゃん電話してきていいかな?」
って言うんですよ。

それで私達は少し休憩に入って、前野さんは電話をしに行った。
しばらく経ったら、前野さんがすごい勢いで走ってきて、

「稲川ちゃんごめんなさい、悪いんだけどちょっとこれから私帰らないといけない。
あのね、いとこが死んじゃった...」って言うんです。

(ん?)と思った。
実はこの前野さんという方は稲毛のマンションに、お歳になった自分のお父さんと住んでいるんですね。
お父さんはもうあまり体の自由が効かないんですね。
それで面倒を見ているんだけども、自分は仕事の関係で面倒見切れないでしょう?
だから45歳になる従兄弟の方が面倒を見ていたんですよ。

これはすごくプライベートな問題で、もしかするとプライバシーの侵害になっちゃうかもしれないんですけど、
前野さんにはお兄さんとお姉さんがいらっしゃるんですよ。ところが兄弟の縁を切っているんですよ。

中野にお父さんが持っている不動産があって、お兄さんとお姉さんはそれを処分しようとしているんですが、
前野さんはそれを阻止したくて、毎回中野のそこに寝泊まりしているんですよ。
人形と一緒にね。

そんな時に、稲毛の自分のマンションでお父さんと暮らしている45歳の従兄弟が亡くなっていたそうですよ。
管理人さんが発見してくれたそうなんですが部屋で死んでいた。原因はまだ分からない。
突然死なんですよね。
それで、お父さんはその人が亡くなったら面倒が見切れないですから、病院に入れたんですよ。

そんなことがあったもんですから、この舞台に出る連中はなんだか嫌な気分になっていたんですね。
変なことが続きすぎるもんだから嫌だなぁって。

それで私が
「何言ってるんだよ!みんなでうちに来いよ!」
って言って自分の家に招待したんだ。
私の家で飲んで食べてワイワイ騒いでね。それでおやすみって寝たな。

起きてから、
本番で着る衣装が出来あがってタンスの中にあったんで、それを出そうとタンスを開けたんですよ。
そしたら中に水が溜まっている。タンスの中に。
舞台で使う衣装も濡れていますよ。
古いタンスなんだけども結構良いタンスでねぇ。
雨は降っていないし、雨が降っていたって、そんな所だけが濡れるなんてことはない。
でも、水を入れたようにタンスの中に水が溜まっているんですよ。

それで私その舞台に出る連中にね、
「誰だこんなとこにションベンした馬鹿野郎は!」
と冗談を言ったんですが、内心気持ち悪かった。
なんで水が溜まっているのか分からない。衣装も乾かない。

と、その時に、その舞台に付き合っていた後輩の太田プロの芸人二人が、一階へ降りていった。
そしたら同時に二人が「うわー!」と言うんですよ。
私が行ったら二人のバックの中に水が溜まっている。

うちは洋間に水なんか置いてないんだ。
そんなイタズラをするような奴も居るわけがない。

それを見た私の親父も、普段そういうものを信じない親父なんですがね
「こういうのを現実に見ると気持ち悪いな..」と言うんですよ。
本当に水が溜まっているんだから。
でもそんなことをウダウダウダウダ言ってることも出来ないですからね。

その話しはそれで終わりにしたんです。

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