3 生き人形~東さんとの帰り道~

その日はそんなことがあって、なんだか変だった。
私が本番に入ろうと思って準備をしていたら、
ディレクターが来て、「今日稲川さん早めに撮っちゃおう」って言うんですよ。

生放送なんですよ?
どういうことかというと、二時間ですから初めに一時間分を前倒して撮っちゃっうんです。
それで、その前倒して撮った一時間分が流れている間に残りの一時間分を撮っちゃうわけですよ。
ラジオってたまにそういうことをするんですよ。

その為に、帰りが予定よりも早くなったんですよね。
そしたらディレクターの東さんが、今こうせつさんの事があったもんだから、
やっぱり気分的に悲しいというか寂しいというか、辛いものがあったんでしょうね。
「淳二さ、、俺と帰らない?」って言うんですよ。
私の家は中央線の沿線の国立という駅の近くなんですよ。実家なんですけどね。
彼は小平の方ですから、近いといえば近いんですよ。仲の良い人だしね。
それで、その日はいつもより早めに局のタク送で帰ったんですよ。

その頃は中央高速道路が全部繋がった時期だったんですよ。
昔は三鷹あたりまでで繋がってなかったんですがね。

車が高速道路に入った。夜中で前にも後にも全然車がいない。
東さんも私もクーラーが苦手だったから、窓を開けて風を浴びながら走っていったわけだ。
そんな車内で、油揚げをどうやって食ったらいいとか、そんな話を東さんと2人していたんですよ。
東さんも一生懸命陽気にしようと思っていたんでしょうね。

東さんが「それで淳二、油揚げはやっぱり揚げたてがうまいんだ!」なんて話をしていて
それを私は隣でうんうんと聞いていた。

ずーっと車が走って行って、三鷹あたりかなぁ?料金所がありますよね?
その料金所を出たあたりかな?今は高いフェンスができているんですが、当時は出来立てでそれが無かった。
話を聞きながら外を見ていると、高速道路のへりに交通標識が出ているのが見えた。
当時は、交通標識なんて珍しかった。高速道路上にそんなものは無かったんですよ。

東さんは相変わらず喋っている。車はまた走っていく。
すると、また向こうに交通標識が見えた。
(高速道路に交通標識なんて珍しなぁ..)なんて東さんの話を聞きながら思っていましたよ。

人間って不思議なもので、一つあって二つあると、もう一つあるんじゃないかな?って先を気にして見ちゃうもんなんですよね。
そしたら前方の高速道路のへりに何かあるんだ。
でも、標識じゃない。遠目でも標識ではないし、普通ではないんですよ。
車が段々とソレに近づいていくと、それ、人の形をしているんですよ。真っ暗な人の影。

でも、道路も暗いんだ。
道路も黒いのにその黒い影がはっきり見えた。
どんどんどんどんと車が近づいて行ったら、それは女の人なんだ。
背丈なんかは分からないんだけれども、確実に女の人なんだ。
それが高速道路側を背にして、外を見るようにして立っているんだ。
一瞬(ウワッ..)と思った。飛び降りかもしれない。

でも、考えてみたら前にも後ろにも車なんて無いんだ。あんなところ上がって行きようがないんですよね。
(おかしいな..)と思いながら(これは幻覚かな?)と思った。でも確実に黒いシルエットがへりの上に居るんですよ。

車はどんどんと近づいていく。
緩やかなカーブの辺り。もうすぐそこに来ているんです。
見えていた着物の形は消えたんだけど、顔だけはそのまま残っているんですよ。
それが少しずつ、クッ、クッ、クッ、クッ、クッ、クッ、とこちらを向くんですよ。
車のすぐ前方にいるんです。
かなり近づいた時に思ったのが、それは半透明なんですよね。輪郭があるんだけども半透明なんだ。
(なんだこれ..)って思った。それがふわっと抜けていったんだ。
確かにに顔が突っ込んできて光の玉になって抜けていったんだ。
私と東さん、二人の間をね。
ただそれを東さんに言っちゃうと私は先に降りちゃう人間だから、帰り道も暗いし、
一人になったら東さんも運転手さんも可哀想だなって思ったから、あえて言うのはやめて黙っていたんです。

そのうち、国立の我が家に着きましたよ。
それで「どうもお疲れ様でした」って言って東さんと別れたんです。

けれど車を出てからどうも体が重い。やたらと重いんだ。
家に入ってもなんだか落ち着かないんで、そのまま一階の洋間に行った。
一階の洋間には長いソファーがあって、そこにいつもどおりコロンと横になったんですよ。

しばらくすると、
トン、トン、トン、トン、トン、トン
と音がして、ドアが開く音がしたんです。

ドアのほうを見ると、女房が立っているんです。
だいたい夜中に起きるようなタイプでも、早起きをするタイプでもないのに。
早くていつも昼の11時なんだから。

その女房が起きてきて立っているから、「なんだよ?」って聞いたら、
「お友達は?」って言うんです。

「そんなもんいないよ」って言ったら、
「じゃあ誰なのよ。あなたが帰ってから部屋の中をぐるぐるぐるぐる回っているの!」
って言うんです。

嫌な事を言うなぁと思った..

そのうち日が昇って、昼を過ぎたあたりかなぁ。
当時はまだ暇でしたからね、私も家にいたんですよ。
そしたら、ニッポン放送から電話が来た。
相手は、昨日一緒に帰った東さん。

「淳二さぁ、俺昨日は悪いと思って言わなかったんだけど、お前誰かと降りなかった?」
って言うんですよ。
私、気になってニッポン放送に行きましたよ。東さんと話しに。

そしたら、東さん
「昨日、目には見えていなかったけど、車の中にもう一人乗ってたんだよ。」
って言うんです。

「なんで分かるの?」って聞いたら、
「いや分かるんだよ。居たって絶対に。見えたろ?」
って言うんです。

「いや実はね..」って昨日の事を色々話して、
その日は別れて私はまた国立の実家に帰ったんです。

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