14 生き人形~前野さんとの別れ~

その日は夕方からの仕事だったから、わたしは楽してたんだな。帰ってきてから。
それで、そろそろ仕事に出かけようかなあって思ってたんだ。
そしたら、キンコーンキンコーンって玄関のチャイムが鳴る。
なんだろうって思って玄関のドアを開けたら、マエノさんが立ってるんですよ。

「どうしたの?」って聞いてたら、マエノさんが
「稲川ちゃん、人形に茶巾寿司とお茶を置いてきたから大丈夫だよね?」って言うんですよ。マエノさんも怖かったんじゃないかなあ。

その秋、その人形を使って舞台をするはずだったんですよ。ところが、やっぱり怖かったんでしょうね。
他の人形を使って舞台をやった。それで舞台は無事終わったんだ。
打ち上げパーティがあった。打ち上げパーティからマエノさん行方不明。
元々身寄りのない人で、お兄さん達とも縁を切っている。親しかった、45歳の男のいとこさん死んじゃった。お父さんも死んじゃった。
捜索願だしましたよ。一ヶ月経っても二ヶ月経ってもどこにいるかわからない。
二ヶ月半をまわった頃だったかな。わたし出先から自分の家に帰ったんですよ。

ドアを開けて壁を見たら、なんだか気持ちの悪い目玉のポスターが貼ってある。
「誰だ。こんなの貼ったのー!」って言ったら、

「稲川ちゃん」って声がする。見たら行方不明になってるマエノさん。

「あ!マエノさん!」太ってたのが細くなっちゃって、ロングヘアーが真っ白になっちゃって薄くなってる。
「稲川ちゃん。もう大丈夫だからね。家を出る時に三角の白い紙を置いてきたから。あれが四角くなったら全てが丸くおさまるんだよねえ..」って訳のわからない事を言ってる。
行方不明だった二ヶ月半の記憶がないんだ。
でも、彼のその後、だんだんと回復してきましてね。はじめはおかしな事を言ってたんですけど、ちょうどその頃に映画でもって映画を使う映画があったんですよ。
腕のいい人だから、その映画にもちろんマエノさんも呼ばれた。
ああ、よかったなあ..マエノさんも戻ってきたなあって、わたしも思ってたんですよ。社会に復帰出来るなあって喜んでたんですよ。

でも、その頃になると、わたしも仕事の都合でなかなか会う機会がなくなっちゃったんですよ。
そんな時、マエノさんから電話貰って。
当時の東ヨーロッパ人形が盛んですよ。で、お国のほうからぜひ人形を使った舞台に出演して欲しいという依頼があったんだって言うんです。
それで、わたしもよかったねえマエノさん!って話しをして。マエノさんも楽しみだって言ってたから、本当によかったなあって思って電話を切った。

そんな事を忘れてたある日、夜中に電話が鳴った。
電話に出たらマエノさんで、
稲川さん「ああ!マエノさん!ごめんねすっかりご無沙汰で」
マエノさん「明日成田から発つから!」
稲川さん「ああ、あの例のヨーロッパ!」
マエノさん「うん!お土産..」
稲川さん「お土産なんていいから気をつけて言ってきてよ!」なんて話をして、
そこでわたしが
稲川さん「そういえばマエノさん。人形は?」って聞いたんですよ。
わたしが人形って言ったら、あの少女人形の事しかないんだ。
そしたらマエノさんが、
マエノさん「うん。人形のほうはちゃんとコミヤ先生に預けてきたから。」って言うんだ。作家の先生にね。
ああ、そうって訳もなくその話をわたし聞いたな。
それで、なんやかんや話して電話を切ったの。

次の日、仕事が終わって夕方家に帰ってきたんですよ。
と、女房が「マエノさん死んだらしい..」って言うんですよ。
「ん?なんだよ。そのらしいって..」って言うと、女房が新聞に載ってるって言うんですよ。
「なんで?」って聞くと、「火事で..焼けて..焼死体が上がったけど..マエノさんらしい..」って言うんですよ。
「何言ってるんだよ!マエノさんは成田から飛行機に乗ってヨーロッパだよ!」って言ったら、
「ううん..夜中..火事の原因は寝煙草らしい..」って言うから新聞を見せてもらった。
その時、わたしえ?って思った。寝煙草で死んだ?マエノさん?夜中?
それ、わたしに電話をくれた時間なんですよ。
未だにわたしハッキリしない。じゃあ、マエノさん火事で死んだ時に電話をくれたのかい?って感じですよね。

この事があってから、うちらの仲間はこの話一切しなくなった。タブーにしました。一切触れない。人形にも一切触れない。

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