ざるの中

何年か前になりますかね。
私の所へはよく、そういった体験談というものが送られてくるんですがね。
そんな中にね、福岡に住む84歳になるおじいちゃんがくれたお手紙があったんです。

中を見ますとね、原稿用紙にびっしりと書いてあるんですよ。読んでいるうちに、これ結構怖いんですよね。
というのは、このおじいちゃんが若い頃。ちょうど日本が敗戦を向かえたすぐ後位ですかね。
ですから、娯楽なんかがあるような時代じゃないんですよね。

そんな時代ですから、このおじいちゃんの唯一の楽しみっていうのは、
仕事が終わった後に釣りに行く事くらいだったんです。

そんなある日も自転車に乗って釣りに出かけて、
いつものように竿を垂らすんですが、どういうわけか釣れないんですよね。

帰ってもいいんですが、唯一の楽しみですからね。
それで場所を変えてみた。
そこでも釣れない。だんだんと日は暮れてくる。

とうとう日はとっぷりと暮れちゃった。でも何も釣れない。どうも悔しい。
それでまた場所を変える。でもやっぱり釣れない。

なんでこんなに今日は釣れないんだろう?
もう一度場所を変えて釣れなかったら、今日は帰ろう…と思ってね。

もう辺りは真っ暗ですよね。
また場所を変えて、そこで竿を垂らしてた。

そうこうしていると、ピー…ドッドッドッドという音が聞こえてきた。電車の音なんですね。
あー、最終の電車だなあと思ってね。

それまで、自分がどこに居るのかあまり気にしてなかったんですがね、
自分の居る場所の周りを見ると、幹線が走ってるんです。そこを最終の貨物列車が走ってくる。

ああ、もうこんな時間なんだ…帰らないとなあ…と思っていましたらね、列車の走る凄まじい音がする。
おじいちゃんが居た場所ってのは、ちょうどガードの下だったんですね。

竿をいじっても何も釣れる気配もないんで、じゃあもう帰ろうと思って、川に浸かった魚籠を引き上げる。
と、何も釣れていないのに、魚籠が重い。かなりの目方がある。
何が入っているんだろうと思って、魚籠を持ち上げてひっくり返すも、なかなか中身が落ちてこない。
でも、なんだかわからないけど、ベタッとしたものが手に触れるんだ。

何か入っちゃったのかな?と思ってね。
電気をつけて中を見てみようと、自転車のところまで行った。
昔の自転車ですからね、ペダルを回すと摩擦で電気がつくんだ。
それでペダルを回して、明かりをつけた。

辺りがふわっと明るくなる。
それで、魚籠を持ってきて置いてね。明かりで魚籠の中を覗いてみたんだ。

その瞬間、「うあああああああああああ」と声をあげた。
魚籠ってざるですよね?そのざるの中にすっぽりと血を流した女の顔がはまってて、
それがジーっとこっちを見てる。

恐怖で体が震えた。
と、遠くでパンパンパンパン音がするんだ。
何だろうと、辺りを見てみると、鉄橋の上で首のない体が暴れている。
それで、恐怖で腰が抜けてしまったって言うんですよね。

どうやらそれは女性の自殺体だったんですね。
後で調べてみると、結婚を許されなかった女性が当て付けにね、最終電車を待って、
女がレールの上に首を置いて待ってたって言うんですね…

それに気が付かずに列車が通ったんで、首が飛んでね、全くの偶然なんでしょうが、
おじいちゃんの魚籠に偶然に入ってしまったんでしょうね。

そんな生々しい、恐ろしい体験をしたという、そんなお手紙をいただいた事がありましたよね。
敗戦間もない日本の、なんだかそんな時代を思わせるそんなお話ですよね…

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