解体屋の車


私がロケの時に、自分でも毎回不思議なんだけど、そういう心霊的な場所を探すんでしょうね。
それで、「そういう場所がありますよ」と言われて行った場所なんですよ。

私は、年にだいたいそういう場所を2本~3本は撮るんですよ。
自分で監督するのは、多い時は2本。少なくとも1本はやるんですけど。

それで、その撮影をする為にロケに行ったんですよ。田舎のほうだったんだけれど。
その時に、カメラで上からのアングルを撮りたいから、クレーンが欲しいと思ったんですよ。

それを制作の人に話したら、
「あーだったら稲川さん、ここを少し行くと解体屋があるから、そこにフォークリフトあるんじゃない?」
って言うの。

私それ聞いて、フォークリフトでも使えるかもしれないなと思ったんですよ。
それで、車に乗ってその解体屋まで行ってみたんですよ。

初夏の前のちょうど気持ちのいい時期だったかな。田んぼの間を車が走っていく。
そしたら、田んぼの間に少し土が盛ってあって、そこに廃車になったボロボロの車が見えてるんですよ。

あー、あそこだなと思って、車を回りこませてそこに入っていった。
横にプレハブで出来た小さな事務所があってさ。

話しをしたら、そこの親方がとってもいい人で、「どうぞ使って下さい」って言ってくれてさ。
冗談なんか言いながら色々話しをして。

それで私、何気なくその廃車になった車を見てたんですよ。
普段は気にしないんだけど、ああいうのを見てると不思議なんだよね。

車ってそれ以前は、ピカピカの新車で街を走ってるわけじゃないですか。
ところがそこにある車は、全部壊れたり、ひしゃげたり。
ガラスはない、タイヤはない、エンジンもない。錆びついたりもしてるじゃない。

車ってこんなになっちゃうんだな…これは車の屍みたいだな…って私が思っていたらね、
そんな様子を見ていた親方がそばに来て、「いや、稲川さん。ここは車の死体置き場だよ」って言ったんです。

それでその親父が面白い事を言うんだよね。
「交通事故で燃えたりする車ってあるじゃないですか?それっていつになっても焦げたような臭いがする。
それで、稲川さん嫌な車がある。たまに警察からまわってくる車で、大きな事故でもって壊れた車。そういう車が嫌なんだ。
特に雨が降ると、血の臭いがする。交通事故で車がぺしゃんこになって中で人が死ぬじゃない?
その死んだ人間の血を全部シートが吸っちゃうんだよね。雨が降るとそれが臭うんだよね。」
って言うんです。

そんな話しをしてたらね、
「稲川さん、人間が本当に恐怖するってすごいね。人間に本当に恐怖した時の顔って怖いね。」
って言うから、その話しを私聞いてみたんですよ。

それはっていうと、そこの若いスタッフが、仕事してたっていうんですよ。
ところがさ、そういう解体屋さんって、中央に明かりがないんだよね。そこで仕事をしてた。

もう暗くなってきたから、もうそろそろ仕事をやめようって思うんだけど、
もうちょっともうちょっとって作業をしてたんですよ。

でもさすがに手元が暗くなってきたからやめようと思ってね。道具箱に工具をしまいはじめたんですよ。
それで、工具を片付け終わって、さあ帰ろうと思ったら、急に雨が降ってきたんですって。

これが結構強い雨でもって、地面が土なもんだからピチャピチャピチャと音がするし、
それに周りにある廃車も鉄板だから、コンコンコンコンってすごい音がするんだって。

なんだか薄暗いし気味悪いしで、急いで事務所に向かって、その音の中を歩いていく。
その時にふっと気づいた。
その雨の音に混じって、シャキッシャキッ音がしてる。

そんな音がするわけないと思って、また歩きはじめるんだけど、
やっぱり雨の音に混じってシャキッシャキッってワイパーの音がする。

そんなわけないんだ。エンジンもなければ、バッテリーもないんですよ。
タイヤもなければ、窓ガラスもないような車ばっかりなんだ。
ワイパーが動くわけないのに、音がしてるっていうの。

どこからしてるんだろう…って思った時に、あそこかな?って思った。
潰れた車の上に、白の車で事故で潰れた車が乗ってるの。どうやらそれらしい。

気になったから、その車まで行ってみたっていうの。
見上げたら、その車がすぐ上にある。


シャキッシャキッシャキッシャキッシャキッシャキッ…
雨の中をワイパーの動く音がしてる。

なんで、動いてるんだろう?って思ったから、
下の車を足場にして、手を伸ばしてウィンドウの所に上がってみたっていうの。

シャキッシャキッシャキッシャキッシャキッシャキッ…シャキッシャキッ…
段々音が大きくなっていく。

それで登っていったら、やがてワイパーの先っぽが見えた。
なんで動いてるんだろう?って気になったから、足場を変えてもっと見える位置まで行って、
さらに登ってみる。

上がった瞬間に、うあああ…と思った。運転席に、女が座ってる。
雨に濡れながら、黙って前を向いて。
雨に濡れた髪が顔にひっついてるんだけど、顔は真っ青。

シャキッシャキッシャキッシャキッシャキッシャキッ…シャキッシャキッ…
それでワイパーが動いてるんだって。まるで女が運転してるみたいに。

体は凍りついて動かない。
そしたら、その女がゆっくりこっちに顔を向けてきたんだって。
でも、体は動かない。

だんだんだんだん女はこっちを向いてくる。
見たくないんだけど、どうする事もできない。

やがて女の顔の右側が見えはじめた。
真っ青な顔に髪の毛が張り付いているんだけど、右側半分が崩れてない…

その瞬間に、恐怖で足場から落っこちた。

「稲川さん…私が一番嫌なのは、警察から送られてくる事故にあった車…これは嫌だよね…」
そう言ってましたよね。

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