乳房
気ままな一人暮らしをしている三十代の女性で、仮にミカさんとしておきましょうか。 ミカさんは五日間ほどの休暇をとって海外ツアーに出かけた。 ツアー先のトルコから帰ってくると、部屋に忘れていた携帯電話に友達のカズミさんからの伝言が入っていた。 それは見ると三日前の事で、 「今アナタの部屋の前まで来ているんだけど...」というものだった。 (あー悪いことしちゃったなー..)と思いましてね。 というのも、友達のカズミさんはミカさんが旅行に行く事をを知らなかったんですね。 というよりは、ミカさんはカズミさんに旅行の話をしなかった。 それはカズミさんが乳がんの手術をして乳房の一方を切除して、ひどく落ち込んでいたからなんですがね。 そんなカズミさんに楽しい旅行話を話せませんもんね。 (悪いことしちゃったなー..)と思ってすぐに彼女の携帯にかけてみたんですが、なかなか繋がらない。 と、そこにカズミさんの葬儀の知らせが届いたんでびっくりした。 一体どういうことなんだろう..と思って見てみると、なんと二日前の深夜に彼女亡くなっているんですよね。 その文面からするとどうやら自殺のようなんです。 ミカさんの携帯電話に伝言が入っていたのも二日前。 ということは自分の所に訪ねてきた。ところが自分は居なかった。 それで仕方なく帰っていって、その晩遅くに自らの命を断ったってことになるんですよね。 おそらく何か相談したいことがあったんでしょう。 聞いてもらいたいことがあって自分を訪ねてやってきたんでしょう。 でも自分がいなかったんで、きっと落胆して帰ったに違いない。 それで夜中に思い余って自らの命を断ったんでしょうね。 もしも自分がいたら話を聞いてあげられたかもしれないし、もし居たとしたら彼女は死なずに済んだかもしれない。 ミカさんは大いに悔やんだ。自分を責めた。 あぁなんてことをしてしまったんだろうな..と思った。 そして葬儀の日辛い気持ちで参列したわけですよね。 葬儀を終えてカズミさんのことを思い出しながら自分のマンションに戻ってきた。 もう辺りはすっかり夜の闇に包まれている。 部屋の前までくると、ミカさんはふっと足を止めた。 そうか、彼女はここまで来たんだなぁと思った。 鍵を出してドアに差し込んで、ドアのノブを回して自分の部屋に入る。 そして一歩自分の部屋の中に入った。 と、その時バックの中で携帯が鳴ったんで、明かりも付けずに携帯電話を取って 「はいもしもし」と出ると、応答がない。 相手は無言のまんま。 その瞬間、あれ?これってもしかしたら・・・カズミからかもしれないなぁ..と何だかそんな気がした。 それでもう一度「もしもし」と言うと、その声が自分の携帯から聞こえたんで、驚いた。 それで今度はもっと声を大きくして、「あなた居るの?」って聞いた。 その声が自分の携帯電話から聞こえたんでゾーッとした。 来てる・・・。 すぐ近くに来ている・・・。 暗い部屋の中、この中に彼女が居るんだろうなと思ったらまたゾッとした。 それで、「カズミ、居るの!?」声をかけたんですが返事はない。 そっと手を伸ばして部屋のスイッチをカチッとつけた。 部屋の中は明るくなる。 でもそこには誰もいなかった。 自分の思い過ごしだったらしい。 それでパジャマに着替えて洗面台に行って化粧を落として水を出した。 そして顔を洗ったその瞬間、近くに気配を感じたんであれっ?と思った。 前に屈んだままのその体制で辺りの様子をうかがった。 と次の瞬間、自分の背中に何かが覆いかぶさってきた。 次の瞬間、カズミだと思った。 パジャマを通して背中にあたるその乳房の感触が、一つしか無かった。





