中古車

北国での話なんですが、仮にA君としておきましょうかね。
自動車免許証を取得したんですが、こうなると車が欲しいわけですよね。

ただ、車なんておいそれと買えるわけはないんで、なんかイイ車はないかなぁと思ってた。
そんな時に友達が、「俺の知り合いが車を安く売りたがっている」と話しているのを耳にした。

「どんな車?」って聞いてみると、白いボディの2Lの4輪駆動のラリー仕様って言うんです。
いくら中古車でも自分じゃ買えないだろうなぁ..と思いながらも「それいくらで売りたがっているのか聞いてくれる?」って聞いた。

とこれがなんと「50万でいい」って言うんですよ。
車は買って一年ほど経っているんですが、足回りから何から変えてあって補強してある。調子もいい。
ただ二ヶ月ほど前に雪道を飛ばしていて、雪の壁に突っ込んじゃってフロントの方は修理をしているし、距離も少し乗っているから50万でいいって言うんですよ。

50万だったら買えないわけではないし、車が欲しいですからね。
「悪いんだけどそれ譲ってもらえないかな?」って友達に頼んだ。
それで手続きも無事済んで、車は自分のものになった。

これはもう乗りたくてしょうがない。いよいよその車を取りに行ったわけですよ。

車を受け取って、よし、乗ってみよう。雪道を飛ばしてみたいと、彼は思ったんです。
季節は冬の終わりで、市街地にはそう雪は無いんですけども、郊外に出るとまだだいぶ雪が残っている。

さっそくブーン..ブーン..と車を走らせていった。
これは気持ちがいい。

エンジン音を心地よく轟かせて市街地を走り抜けていくわけだ。
やがてやってくると郊外なんですが、まだ雪が随分残っているんで、ここからは四輪駆動ですよね。

四輪駆動にして雪の上を走ってみた。
4つのタイヤが雪の上で食らいついて、気持よく走っていく。
流石なもんだなぁと思った。
多少ハンドルに癖があるんですがね、まぁそんなもんはどうでもいいんだ。

こんどは峠に向かう長い伸び坂。どんどん登っていった。調子がいいなぁ。
こんないい車よく50万円で売ってくれたなぁ。
もう気持ちがいいですから、夢中で雪の中走っていった。

そうこうしているうちに県境を通り越しちゃった。
辺りがうっすらと暗くなってきたんで、あ、いけない随分来ちゃったなぁ..これは辺りも暗くなってきたし急いで帰ろう!と思ってね。
何しろ免許は取り立て、車は今日初めて乗ったばかりですからねぇ、おまけに雪の路面ですから、そんなに慣れていないわけだ。
それで辺りが暗くなったら怖い。

急いで帰ろうと思って車を出した。
ナビゲーションは付けてある。辺りはだんだんだんだんと暗くなってくる。
気持ちは焦るんですが、走っている途中で、はてな?と思った。
もうそろそろ自分の見知った街の景色が見えてきてもいい頃なんですけど、いっこうにその景色が見えない。

変だなおい..向こうに山が見えている。
それは分かっているんですがね、位置からいって自分はもっと左のほうを走っているはずなんだ。
これは方角が違うなぁ..
どうもこのナビゲーションはおかしいぞと思った。
それでもどうしようかなぁと思って車を走らせている。不安な気持ちのまま走っている。

辺りは雪の壁なんだ。
前方に靄が見えてきたんで、しょうがないなと思ってヘッドライトをつけた。
ヘッドライトの灯りが靄を突き刺すように辺りを照らしていく。
日はだいぶ傾いてきている。外も随分と寒くなってきた。
温度が下がって路面が凍りついてきている。

やがてヘッドライトの灯りの先、その前方に交差点が見えてきた。
といっても建物があるわけではないんですよね。でも交差点らしいんだ。
車がどんどん近づいていくと、これは十字路ではないんですよ。T字路なんですね。
どちらに進むか選ばなきゃいけない。

まっすぐか左か。
でも自分は左に行きたいものですから、もう左でいいやと思ってね。左に曲がろうと思った。

あたりには全く人は居ないわけだ。一面の雪なんだ。
人も居ないわけだし、ここもスピードを落とさないで一気に曲がってみようと思った。
それでスピードを落とさないまま曲がってみた。

車は曲がったんですけども、何しろ気温が下がって路面が凍り付いているもんですからね。
車が横ずれしたんで、慌ててハンドルを切った。
ハンドルを切ったんですが、ちょうどハンドルが取られたような形になってそのまま向こうにある雪の壁に向かって車が滑っていく。

するとヘッドライトの灯りの先、前方の雪の壁の辺りから、小さな子供が両手を広げたような格好で来ちゃダメ!って格好をしている姿が目に入った..
「いけねぇ..」って思って、A君は急ブレーキを踏んだ。

ブレーキを踏んでタイヤは止まったんですが、勢いがついているわけだから、車はそのまま雪の上を滑っていくわけだ。
下はもう凍りついていますからね。

そのまま滑った車は、雪の壁にドーーーンと突っ込んだ。
その瞬間、うにゃっと嫌な感触がしたんで、「うわぁ轢いちゃった..」と思った。
と、雪の壁の中から、子供の生首が飛び出してきて、車のボンネットを滑ってきた。

そして目の前のフロントガラスにドーーンと音を立ててぶち当たった。
それは血に染まった女の子の生首で、フロントウィンドウにめり込んで、二つの目がじーっとこちらを睨んでいる。

そしてその首が、「この車が私を轢いたんだ!」って言った。

そのままA君は意識を失っちゃった。
僅かな時間気を失って、A君は再び気がついた。
慌ててフロントウィンドウを見ると、なんと石のお地蔵さんの頭がめり込んでいる。

急いで車を飛び出して、車の前に行ってみた。
雪の壁を素手でどかしていくと、雪の中に石のお地蔵さんの胴体があるわけだ。
車はそれにぶつかったわけだ。

でも自分は子供を轢いていると思っているわけだから、なおも雪を掘り返してみた。
でも雪を掘り返しても、子供の姿も無ければ血も何もない。

あれ?っと思って、辺りをみてみると、看板がある。
看板をみてみると、こんな風に書いてあった。

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この場所で幼い女の子が、車に轢き殺された。
雪の中に捨てられて、放置されていました。
この女の子の霊を安らげるためにという祈り、そして交通事故を無くすという祈りをこめて、
ここにお地蔵様を作りました。
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それでA君は「おいちょっと待てよ。もしやその女の子を轢き殺して雪の中に埋めて、そのまま逃げた犯人というのは・・・」
ふっと思った。

それからまもなくして犯人が逮捕された。



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