ロケバス

東京と金沢の県境に人工の湖があって、周囲が深い森に囲まれているんですね。
ここ、夜ともなるとちょっと怖いんだ。
まぁ実際に何回かここでは自殺の死体が上がっているんですけどね。

この湖の畔で深夜、ドラマの撮影が行われたの。
それで、この撮影を行なっている場所から少し離れた森の中にロケバスが待機しているんですがね
ロケバスの中には出演者の荷物だとか服が置いてあるんで、ドライバーさんは一人残って番をしているわけだ。

辺りは暗い闇。
深い森の中ですからね、音がない。
時折風が吹くと梢がカラカラカラと鳴るわけだ。

そんなとこに一人で居るもんですからね、怖くないわけがないので運転手さんが腕時計を見た。
もうだいぶいい時間になっているわけだ。
あーもうこんな時刻か..随分押してるな..そろそろ終わらないかなー..と思いながら
ふっと外の闇に目をやった。

すると、ザッザッザッザッ・・・落ち葉を踏みしめる音がして、それが湖の方からだんだんと近づいてくる。
あれ~と思ってひょいと見るけど、分からなかった。
ザッザッザ。
もうすぐそこまで足音は来ているんで、ドライバーさんがスイッチを入れた。

自動ドアが開いた。
でも誰も乗ってこない。
あら?と思ってまたスイッチを入れてドアを閉めた。
あー空耳かー、最もこんな暗い中、灯りもなしで来れるわけもないしなぁと思った。

そしてまた外に目をやった。
外は真っ暗な闇なんですよね。
ロケバスの中には小さな灯りが付いているものですから、
フロントウィンドウに車内が映り込んでいるわけ。

見るともなくふっと眺めていると、とたんに体が固まった。
居る。車内に誰かが居る。

フロントウィンドウに映った薄暗い車内。
座席が並んでいるんですがその一つ、後ろのほうなんですがね、髪の毛と服が見えているんですよ。

どうやら女のようなんですね。
居るはずがない、そんな女。
居るのは自分だけなんだから。

その瞬間に生きている女じゃねぇぞと思った。
もうだめだと思って逃げ出そうとするんだけど、体が固まって動かない。
声も出ない。

仕方がないから目をつぶって、もう俺は何も見ない、何も聞かないと思ってた。
そのうちみんなが帰ってくるだろうと思っていたから、じっと目をつぶって我慢していた。

何も起こらないし、何も聴こえない。もちろん目をつぶっているから何も見えない。
そろそろとそっと目を開けてみた。
フロントウィンドウを見ても女は居ない。
居ない。

あー居なくなったんだぁ、よかったー。あー助かった。
ハンドルの上にちょっと両手を乗せた。
それで、そこに顎を乗せながらふっとフロントウィンドウを見た。
その途端に悲鳴をあげた。

自分が頭を前に倒したその後ろに、ぐっしょりと濡れた女の顔があった。
女は自分の後ろに居たんですね。
しばらくすると人の声がして、バスに戻ろうとしている。

それでドライバーさんは我に返った。
みんながバスに乗ってきた。

そして後ろの方で、あれー?なんだよこのシート、随分湿ってるなぁ。
濡れたものでも置いたのかぁ?って声がした。



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