橋の下の見学者


都心を抜けて羽田に向かう、高速道路があるんですよ。
その先に川崎がありましてね。ずっと行けば横浜に出るんですがね。

ちょうどその高速道路は、多摩川を越すその時に高速の下に並行するように、もう一つ橋があるんですよ。
今モダンな橋になってますがね。
その昔は鉄骨のブルーな橋がかかっていたんですがね。

その頃なんですよ。何年も前の事になるんですが、その頃ドラマを撮っていましてね。深夜のロケなんですよ。
ロケシーンが橋の下なんですよ。で、行って車で休んでいましたらね、衣装さんの女の子がきてね
「稲川さん、なんだかここ変なんですよ。なんだかみんな気持ちが悪いって言うんです。なんだかゾクッっとしませんか?」
そう言われると、なんだかそんな気がしてきますよね。

で、深夜ですから、頼んだのか知らないんですが屋台が出ているんですよ。
それで、ラーメンでもおでんでも頼んで食べてくださいね!ってなかなか気がきいているんですよ。

ところが、意外や普段は食べにいくでしょ?ところが食べに行ってないんですよ。みんなお腹がすいているはずなのに。
それで、わたしは出番がくるまで待っていました。
照明たいて、みんな撮影しているんですよ。

それで、向こうには多摩川が見えている。橋の下ですから暗いんですよね。
で、そのうちに助監督が飛んできて、
「稲川さん、なんかここ妙な感じがするんですよ..さっき照明たいたんですが、出ている俳優さんよりも影の数が多いんですけど、そういう事ってあります?」
って言うんです。
「いやいや、そういう事もあるんじゃないのー?」って言ったんですけど、嫌だなあと思いながら
「そろそろ出番なんでよろしいですか?」って言うんで、「いいよー」って出ていったんです。

出て行って、ヒョイっと見たら、橋の向こうなんですがちょうど川に沿うように陸地があるんですが
そこにズラーっと遅い時間なんですが見物客がいるんですよ。

うあああ。。随分いるなあと思って。どっからこんなに集まってきたんだろう?って思って。
だいたい場所が場所でしょ?さらに深夜ですからね。

撮影ってわからないと思うんですよ。そんなに。
なのに随分と人が出ている。随分ギャラリー多いねって話しをしてました。どっから来たんだろうって。

気がついたらあんなにたくさん居るんですよって言うんですよ。
で、嬉しい事に、そのお客さん達騒がないんですよ。
普通はザワザワ言うから、「すみませーん!静かにお願いします!すみませーん今本番ですから!」って言うんですけど、
誰も何も言わないでシーンと見ているんですよ。
行儀がいい人達だなあって思ったんですけど。

それで、わたしのシーンがはじまりまして一応終わったんですけど、なんだか気が重いんですよ。
なんだか空気が重いんですよ。

「なんだかここ疲れるね?」
「ええ、疲れますよね」
なんて話しをしてたんですが。

もうシーンが終わって、あちこちで撤収をはじめたんですよ。

で、「どうします?」って言われたんで、「もう帰るよ」って言ったら、
よかったら、ラーメンでも食べていかないか?って。
でも、わたしはそれを断って、屋台も行かずにそもまま車に乗ったんですね。
乗ってUターンして、ちょうどさっきのお客さんが見ている所を車が通ったんです。
でも、誰もいないんですよ。

すごい数が見ていたんですよ?
誰もいないんですよ。

で、うちのマネージャーも、
「おかしいですよね?いっぺんに消えちゃったんですかね?あんなにたくさんいたのに。おかしいですね。誰もいないですよね。」
「そうだね。瞬時に消えたね?」
って言いながら、わたし帰ったんですよね。

でも、後で考えたら、どう考えてもおかしいのは、人がそれだけ動けば足跡くらいするわけだ。
あれだけ人がいたならば、多少の声がするわけだ。声が何にもしないわけだ。

で、後にたまたま聞いてわかったんですよね。
「稲川さん、それ違うよ。あなた見たの、それ生きてる人間じゃないよ。」
って言うんですよ。

あそこの場所は昔ね、大洪水なんかもあったし、色々あった場所なんだけども、
なぜか知らないんだけど、死体が流れ着く場所なんだよ。

今まで随分と死体が上がってね、そういう場所なんだよ。稲川さん。
だから、あの橋はあんまりよくないんだよ。

あの場所って言ったんですよね。

じゃあ間違いなくわたしがみたのはそうですかね?って聞いたら、

ああ、他の人も見たんでしょ?

ええ、見ましたよって。

それから2年くらいしましたかね。
橋は取り壊しになりましてね、今はモダンな橋になってますよ。

どうやったら、そうなったらギャラリーの方々は出てこないようですね。
不思議な事ってあるもんですよね。

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