隣の部屋の客


打ち合わせで出かけた先でもってね、
「稲川さん、彼は面白い体験してるんですよ!」
っていうんで、30半ば位の男性を紹介されたんですよね。

それはっていうと、彼は仕事で地方へ行ったそうなんです。
まあ一応仕事が済んだんで、その土地にある古い旅館に泊まったそうなんですよ。
夜になってね、なんだか寒気がする。

(寒いなあ..一枚余計に布団をかけよう)と思って、押入れを開けたら突然ね騒ぎ声が聞こえたっていうんですよ。
どうも隣の部屋で宴会をやっているらしい。何人もの声がする。
(はてな?)と思った。確かこの旅館の親父が今日の客はわたしだけって言ったはずなんだけどなあ..
と思いながら布団を出してね、そして襖を閉めた。音は聞こえなくなった。

ちょっと待てよ?俺ずっと起きていたけれど、いつあの団体は来たんだろう..
そんな気配全然なかったんだけどなあ..
と思いつつ、ああそうだ!トイレに行ってこようと思って、トイレに立って戻ってきたんです。

帰りしな隣の部屋の前を通りかかったんで、中の様子を伺ってみたんですよね。
シーン..としている。音はない。

ちょっとまってくれよ..たかだか4、5分の間に、あの騒いでいた連中が寝てしまったとは思えない。
そんな馬鹿な事はないだろ?と思った。

それで部屋に戻ってなんとなく気になるもんだから、もう一回押入れをすーっと開けた。
瞬間、(え?)と思った。

布団の向こうから、男がジーっと見ている。
(うああ..え?..)と思って、しばらく間があった。

すると、向こうから「おい、早く閉めろよ!」って声がした。
そして、男が顔をどかしてスッっと襖を閉めた。

(ああ、そうか、、ここはね、2つの部屋にまたがって押入れがあるんだ!)
これ両方から開くんだと!だから声が聞こえるんだ!と思った。

翌日なんですよね。その使った一枚の布団を先に戻しておこうと思って、
押入れの襖をスーっと開けた。昨日の事も気になった。

(え?)と思った。押入れの奥扉なんかないの。壁になってるの。
(昨日、あそこから男の顔が出て、戸は閉まったはずなのに..)
おかしいなあと思ったけどそのままにしたんです。
でもやっぱり、気になるものですから、隣の部屋を通りかかった時に様子を伺ってみたんです。
やっぱり、何もしていない。シーンと静まり返っている。

隣の部屋の襖を開けようとするけど、開かない。
開かないから力を込めた。すると、わずかに開いたんだ。
わずかに開いたんだけど、その襖の向こう、白い漆喰が全て塗り固められていたんですって。
その部屋に入口はなかったそうですよ。

「いやあ..おかしな体験しちゃいましたよ..」って言ってました。

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