冷てぇ~よ~

この話はね、怖い話と言っていいか分からないんですけどね。

もう以前のことになりますけど、昼の番組で私ね、『為になる話』ってコーナーをやっていたんですよ。
それで日本中あちこち取材に行くんですが、そんな時に奈良県の吉野市、これを紹介しようという事になったんです。

それでまぁ木こりさんが木を伐っているところから始めようって話になったんですね。
それでまぁ先撮りというやつで、ディレクターと二人で出かけて行って、男三人、山の上の宿に行ったんですよね。
ところが前の日飲み過ぎちゃってどうも具合が悪い。

脚がなかなか上がらないから、ようやく登ってぜーぜー言ってたんです。
部屋につきましたらね、山の上にはダムの関係で、小さな人口湖ができているんですよ。
その脇に旅館があるんですよね。

今は立派な旅館なんですが、当時はまぁ、そこそこの作りだったんですがね。ただ温泉は良いんですよ。

やることもないので部屋でぼーっとしてましたらね、
すっと襖が開いて、「稲川さん外出てみない?」って言うから、「なんかあるの?」って聞いたら、
「いやー何もないんですけどね、湖に向かって石でも投げませんか?」って言うんですよ。
大の大人がね、並んで石投げてもしょうがないんだけど、やることがないから出かけて行って、石を投げて遊んでたんですよ。

でもそのうちに飽きて部屋に戻るとね、「そろそろお食事ですよ」って言うんですよ。
じゃあ食事して、酒でも飲んで、お風呂でも入ろうよという事で。

この旅館ね、建物はそこそこだったんですけど、そこに長い通路があるんですよ。
その廊下が森の中を突っ切って、その湖の脇に露天風呂があるんですよね。
シーンとして雰囲気はあるんですよね。

「じゃあ面白そうだからそうしよう」って言って、
みんなで一杯やりながら、その話をしていたんですよね。

ひょいと見たら向こうに団体が来ているんですよ。
この団体というのが、小学校か中学校の先生でもって、なんかのグループなんですよね。

それでこっちに来る時に「あ、どうも稲川さん」って話しかけられて、
向こうもだんだん飲んできて雰囲気が盛り上がってきたんですよね。
それで話をなんやかんや振ってくるんですよ。
それが怪談話なんですよね。

これはもうしょうがないやって思ったんで、私も怪談話を始めたんですよ。
気がついたら、みんな私の周りに集まってきていて、傍に居たその旅館の旦那の奥さんも居るわけだ。

それでまぁ話も一息ついたんで、じゃあもう部屋に帰って着替えてね、その露天風呂に入ろうかなぁって思ったんですよ。
そしたらその女将さんが、「あるんだよ、うちにはあるんだよ」って言うんですよ。

「あのさ、ここから長い通路があってうちの露天風呂があるだろ?」
「えぇ、ありますよね。」
「あの周りに鬱蒼とした木があってさ、それでちょうど向こう側が沼になっているわね?」
「あぁ湖がありますよね。」
「あそこはね、下に墓があるんだよ。」
「え?そうなんですか?」
「あぁ湖の下に墓があるんだよ。それでね、夜中になるとよー、亡者どもが出てきてなぁ、這い上がってくるんだよ。
それで、温泉の周りでもって、冷てぇ~よ~冷てぇ~よ~って言うんだよ!」

って言った瞬間に、みんな(おいおいおいおい)ってなってね。
それでなんのことはない、全員風呂に入れなかったって言うね。

冗談じゃないよあのばばあ本当に。
自分の家に幽霊が出る。
おかげでこっちは全然温泉に入れなくてその旅館を後にしたっていう思い出がありましたね。

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