死神を乗せたタクシー
奈良県に住む楠本さんという人が友人と二人、和歌山県での仕事を終えて家路を急いでいた。 と、だいぶ傾いた秋の陽光に照らされて、前方をタクシーが走って行くのが見えた。 このタクシーが遅いスピードで多少蛇行しているので、 楠本さんが「あのタクシー、おかしな走りをしているな」と言いながらそのタクシーを追い越した。 そして途端に「えっ」と声を上げた。 隣に居た友人が「おいどうした」と声を掛ける。 楠本さん「いやな、あのタクシー、空車のランプがついていたのに、後ろに何だか薄気味悪い女を連れていたぞ」 それを聞いた友人は振り向いた。 その時楠本さんが車のスピードを緩めた。 と、後ろからタクシーが追いついてきた。 そして一瞬二台が並ぶような格好になった。 途端に友人が声を上げた。 友人「おい、なんだよ今の。 本当におかしなのが乗っていたぞ。 気持ち悪いな」 タクシーは空車のランプが付いているんですが、後部座性には頭からぐっしょりと血に濡れた女が乗っていて 血に染まった手を前方に向けている。 そして何だか口をパクパクとさせている。 ところが運転手さんはというと、表情も変えずにただ前を向いて運転している。 楠本さん「おい、もしかしたらあれ、運転手気づいていないんじゃないかな」 友人「うん、あれおかしいよな。 何なんだろうあの女は」 楠本さん「おい、教えてやろうか」 と言いながらタクシーを追い越して行って、前方が赤信号になっていたので車を止めた。 そしてタクシーが来たら声をかけてやろうと思っていた。 後ろからタクシーがやってくるものの、タクシーのスピードはそのまま。 タクシーはそのままスピードを緩めないでやってきて、赤信号を無視して交差点に飛び出した。 と、そこに大型のトラックが突っ込んできてぶつかってしまった。 楠本さんは（いけねっ）と思って自分たちの車を横に寄せた。 そうして楠本さんは救急車を呼んだ。 警察にも通報した。 二人が車を降りてタクシーに向かって行くと、ぶつかったトラックの運転手さんも降りてきた。 それで三人がタクシーのところに行ってドアを開けようとするも、ドアは開かない。 四つのドアが全て閉まっている。 外からドンドンとドアを叩いてみるも、運転手さんはピクリともしない。 運転席ではエアバックが広がっている。 丁度運転席とエアバックに挟まれるような形で、運転手さんはぐったりとしている。 気絶でもしているんだろうか。 二人は気になって後部座席を見てみた。 ところが後部座席には居るはずの女が居ない。 車はずっとタクシーを見ながら走っていたわけですから、女が降りたら分かるわけだ。 自分たちは女の下りる姿を見ていない。 ところが女はいない。 あれは一体何なんだろう。 やがてサイレンの音がして、救急車がやってきた。 殆ど同時にパトカーもやってきた。 そして警察官が通報者であって、目撃者でもある楠本さんと友人に話を聞いてきた。 でも流石に二人は今は居ないけれど、後部座席に頭からぐっしょりと血に濡れた女が座っていて、 血に染まった手を前に伸ばしながら前方を指差し、口をパクパクトさせていたことは言えなかった。 こんなことを言ったら自分たちがおかしく思われるでしょうし、ましてや信じてもらえないと思った。 下手な言い方をしてしまったらこちらが疑われてしまうかもしれないと思い、二人はこのことを言えなかった。 それで警察官には、自分たちが運転をしていると前方にスピードが遅く蛇行しながら走っているタクシーがいたので 追い越して注意をしてやろうと思った。 赤信号で待っていると、タクシーが遅いスピードでやってきて止まること無くそのままのスピードで交差点に突っ込んでいった。 それで走ってきたトラックとタクシーがぶつかったんだ。 と、説明をした。 そう話しているうちに、タクシーのドアが開いたらしい。 それで社内からタクシーの運転手さんを救急隊が運び出している。 途端に何だか辺りが騒がしくなってきた。 どうしたんだろうと思っていると、運転手さんが救急車で運ばれていった。 何だか電気ショックを与えているようなので、（あれ？）と思った。 行きがかり上帰るわけにもいかないので、二人は黙ってそれを見ていた。 そうして時間が過ぎていった。 と、救急隊員がやってきて、 「実は社内から運転手さんを運び出した時に、既に運転手さんは心臓が停止していたんです。 それでどうにか助けようと思って心臓にショックを与えていたんですが、無理でした」 それには楠本さんも友人も驚いた。 大した事故ではなかったからぶつかったと言ってもそんなに大したぶつかり方はしていないんだ。 おまけにエアバックは広がってますしね。 どう考えても死ぬような事故じゃない。 （どうも変だな） そんなことがありながらも、二人は家に帰った。 それから２日経つと、楠本さんのところに警察から電話があった。 警察「あの、大変申し訳無いのですが、先日の事故について、もう一度お話をしていただけないでしょうか」 楠本さんは女のことがあり、気になっていたので「何かあったのですか」と聞いた。 警察「えぇ、実はあのタクシーの運転手さんなのですが、トラックとぶつかるもっと前に亡くなっていたんです」 ということは自分たちの前をタクシーが蛇行しながら走っていた時、あの時あのタクシーの運転手さんは既に亡くなっていたということになる。 ということは死人がハンドルを掴んで車を運転していたことになるんだ。 楠本さんはこれには驚いた。 やっぱりそうなると、後ろの座席に座っていた女のことが気になるんですが、やっぱりこのことは警察には言えなかった。 それで警察の方はタクシー運転手が運転中に心臓麻痺を起こして、そのままスピードを緩めず交差点を突っ込って行って、 トラックとぶつかって、救急隊員が来て運びだした時にはもう亡くなっていたということで話は落ち着いたわけだ。 けれども実際はそうじゃないんだ。 亡くなっていた死んでいた人が交差点へ侵入してきたわけだ。 でもそうすると話がややこしくなる。 警察が結論づけたことのほうが、辻褄は合うんですよね。 でもその時楠本さんはフッと思ったわけだ。 この運転手さんはトラックとぶつかる前、亡くなる前に何か恐ろしい体験をしたに違いない。 いや、きっとしているはずなんです。 ただそれを知りたくても運転手さんは既に亡くなっていますからね、知る由がない。 でもきっと知っている。 何か怖い体験をしたから、心臓麻痺を起こしたに違いない。 でもそれを言い出したらややこしくなってしまうわけです。 それで分かりやすく事件は解決してしまったわけだ。 それで、これについて私思うんですがね、 もしかしたら世の中で起こっている普通の事故は事件、その中に時としてこんなことがあるんじゃないかなと思うんです。 いや、意外とこういうことが起こっているんじゃないかなと。 そんな気がするんです。 ただ一応辻褄を合わせる必要があったんで、そうやって辻褄が合うように発表されているだけなんじゃないかなと。 あの頭からぐっしょりと血に染まり、後部座席に座っていた女。 あれって一体何でしょうね。 どうやらその女というのは死神なんじゃないですかね。 居るんでしょうね、きっと死神って。
