マフラーの女の子

どうやら予期せず亡くなる人ってのはいるようなんですよね。
死ぬことに気がついてなくて死んじゃう人ってのはいるみたいなんですよね。
で、それってずっと憑いて歩いているそうなんですよね。

というのもの私、何年か前にロケで新島に行ったんですよ。
それで帰りしなに泊まった宿の女将さんが
「なんとか相談に乗ってくれないか」
と私に言うんですよ。

話を聞いてみると、いずれはこの宿は長男夫婦に任せて自分とご主人は隠居生活をしようと思って家を建てたって言うんです。
でもまだ宿はやっているわけだから、今は誰も住んでいないわけだ。
そんな時に友人がお店と家を改築するんで、アパートを探しているって話を聞いたんです。
それならうちを使ってよということで、友人は「悪いわね」と言って来たわけだ。
それが三日経った時に、「悪いけど、私あそこには住めないわ」と言われたそうです。

「何があったの?」

「夜中になったら二階で子供がはしゃいでいる。
 そして階段を降りてきた。
 そして廊下を走ってどっかに行っちゃった。
 襖開けないから姿は見ないんだけど、なんだか怖いわ」

その話を聞いて女将さんはえぇ? と思った。
そうこうして日が経った時に、今度は長男夫婦が
「あのさ、ちょっと家を改築するから、少しの間あそこに住まわせてよ」
と言ってきた。

「いいわよ」と承諾し、長男夫婦はその家に住み始めた。
そうしたら今度も二日するとやってきて
「いやぁ、あそこには住めないよ」
と言うんだそうです。

「なんてこと言うんだよ。
 一体何があったんだい?」

「そうじゃないよ。
 夜中になると子供が二階で走り回っているんだ。
 階段を降りてきて廊下を突っ切って行くんだぜ。
 危なく姿を見てしまうところだったよ。
 冗談じゃないよ」

そういう風に私に聞かせてくれたんですね。

「どうやら稲川さん、出るらしいんですよ」

それも心当たりがあるそうなんです。
心当たりがあるということなんで「一体どういうことですか?」と聞くと、
実はその家が建っているところというのは、昔は長いこと空き地で使用できなかったそうです。
何故出来なかったかというと、旧日本海軍の大学校があって、そのままだったそうです。
そしてある時小学校五年生の女の子が二人、そこに潜り込んで遊んでいたそうです。
そしたら誤って爆発してしまったんです。
それはすごい爆音で島中に音が轟いたそうなんですがね、それで勿論大学校は粉々に吹っ飛んで、とうとうその二人の遺体も見つからなかったそうです。
恐らくそれと関係しているんじゃないかなと言うんです。
それが月日が経って売られることになったんで買ったんですけど、それで私、そこに行ってみたんですよ。

ただ飛行機の時間があったもんだから、
(また来ますから、どうか心安らかにお眠りください)
と祈ってきた。

私はその足で東京に帰ると、自分が脚本・監督をしているロケの撮影に行ったんだ。
それが富士山の静岡よりなんですがね、まずはその日は原生林の中だったんです。
雨がザーッと降っている。
その原生林の中に別荘がある。
ただこれは誰も使っていないんです。
ちょっと理由のある別荘。

撮影が始まりましたら、音声の親方が
「監督、子供の声がするんだけど」
と言うんです。
そうしたら他の人も「子供の声してますよ」と言う。

確かにするんだ。
でも雨の降っている原生林ですよ。
それで一回撮影を中止して、皆で子供を探してみた。
誰もいない。
大体居るはずがないんだ。
それでもその日、恐怖ものですから夜中を過ぎて撮影が終わった。

宿へ帰ったんですが、これが皆二階なんですよ。
でも私だけ一人三階なんだ。
古民家造りでもってなんだか気持ち悪い。
でも疲れていますし明日も早いんで寝ようと思ってね、
ただ部屋の空気が重いからドアを開けっ放しにしてゴロンと横になった。

寝ようと思うんだけども、何だか眠れないんだ。
どうも息苦しい。

(寝ないとなぁ。明日も早いし)

そう思ってると、

トットットット・・・

と、足音がするんですよ。

(誰か居るのかな?)

ドアの向こうを見てみると、ずっと廊下が続いているんですが、そこから誰かが暗い中を走ってくるんです。
でもその走ってくるシルエットがなんだか様子がおかしい。
頭が見えなくて、なんだかマフラーのようなものを巻いているんです。
それを私の方に向かって走ってくる。
そしてドアが開いているからそのまま入ってきてしまった。
そして私の方に来るんだけども、私は動けないんだ。
見るとその女の子には頭がない。

(うわっ)

その瞬間、女の子は消えたんです。
フッとして我に返った。

(今の一体なんだったんだろう?
 あれは夢か幻覚かな?
 でも俺は寝てはいないしな・・・)

カッコンカッコンカッコンカッコン

と、時計が秒を進めている。

(あー、寝なくちゃな)

そう思っている時に、私気づいたんです。
来た時にこの部屋に時計なんて無かったんです。
私は目覚ましは持って行ってましたけど、それは針を刻まないんですよ。
でも頭の上のあたりで確実に針の音が聴こえている。
丁度頭の二、三十センチほど上のほうかな。
そこに灰色のカーテンが下がっていて、その奥にガラス戸ですよね。
そしてその向こうが外なわけだ。
そっちからどうやら音は聴こえてくるらしい。

そのガラス戸の向こうは小さなバルコニーになっている。
そしてそのバルコニーは私の部屋を通らないと行けない。

(何の音だろう?)

そう思いながらその音を聴いていた。

(時計だなぁ)

そう思った瞬間、ゾッとした。
それはよくよく聴くと、時計の音じゃないんです。
子供が口で

カッコンカッコンカッコンカッコン

と言っているんです。

(おい、これは時計じゃないぞ。子供だ)

その時に果たしてこれは夢なんだろうか、幻覚なんだろうかと思ってね、
そばにある台本を取って、財布の上に置いたんです。
もしも明日このままの状態だったら、これは絶対に夢じゃないぞと。

そうして置いたら体が固まって、後ろに少し仰け反ったんだ。
そうすると冊子の向こうのバルコニーが少しだけ見える。
そうしたら窓の向こうの方から光が射してね、うっすらとバルコニーを照らしているんですよ。

カッコンカッコンカッコンカッコン

だんだんと音が大きくなっていく。

(来てる来てる!)

そうしたらその薄明かりの中に子供の足が見えた。

(子供がやっぱり居るんだ)

その時は流石にゾーッとしました。
そしてあっちがだんだんと近づいてきて、ガラスにぺたっと足がくっついた。
そして

カッコンカッコンカッコンカッコン

と言いながらだんだんと下がってきた。
こっちはそのまま動けないんでいると、あったんだ。
カーテンの隙間があるんですけども、そこから髪がフワーッと見えてきた。
そして顔がだんだんと見えてきた。
それは逆さの顔なんです。
そして横を向いている。
それがだんだんと降りてくる。

カッコンカッコンカッコンカッコン

その時気がついたんだ。
それは首が下がってきているんじゃなくて、首がちぎれてぶら下がっているんだ。
そのまま私、意識が無くなりましたよ。

朝早くに起きて、
(嫌な夢見たな・・・)
と思った。
それでフッと見ると、財布の上に台本が乗っていて、手帳も置いてあったんですよ。

この時は色々あったんですけどね、何とか終わって私はまた新島に行ったんです。
それでその霊のところに行ったんです。
そうしたらその家に大工さんが入って改築をしているんですよ。
そこに年配の大工さんが居てお話をしましたら

「稲川さん、私それ知っているよ。
 大学がここに建っていたんだけど、全部が飛び散ったんだ。
 でもね、その向こうに大きな松の木があってさ。
 で、その松の枝の先に一人の方の子供の生首が飛んでぶら下がっていたんだけど、
 全部皮が剥がれて、丁度マフラーみたいになってたね」

って言われたんで、あぁマフラーってこれかと思いました。
どうやらずっと憑いてきていたようですね。

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