死の入り口

これはテレビで見た方もいらっしゃるかもしれないですけど、春の4月の話です。
ある番組のクイズの出題者になってくれないかって言われたんですね。
それも系列局28局のアナウンサーを呼んでやるクイズだって言うんです。
出題者の一人に選ばれたのが私で、局の方で

「稲川さん、出来れば怖い話をしてもらって、それでクイズを出してくれれば助かるんですけど」

って言われたんで、私はOKしました。

その日私の番組が終わったのは四時半で、五時にいよいよロケに行くわけなんですが、
当初予定されていた場所が使えなかったんですね。
それで急遽探さなくちゃいけなくなった。
私は私で他の日は予定が入ってますしね。

それでどうしようかという話になって、富士の樹海で撮影をすることになった。
青木ヶ原樹海ですよ。
私はそこ、嫌いなんですよ。
前にも嫌な経験をしているんです。
でも自分で選ぶわけにはいかないから行きました。
樹海の真ん中を真っ直ぐ県道が走っているんですが春先ですから、まだ雪が随分と残っていました。
それでディレクターが話しかけてきた。

「稲川さん、幽霊がもし出ちゃったらどうしましょうか」

「そんなに簡単に出ないですよ」

それで途中に消防署があるんですが、そこを曲がって横道をそれてずっと行くと丁度樹海に入り込めるような細い道があるんです。
自然に出来たものなんでしょうね。
その一つを見つけたんで、そこでロケをしようという話になった。
私が先頭で後ろを女性が二人、後はディレクターとスタッフで中に入って行きました。
どんどんと歩いて行く中で私その時に思ったんですよ。
もし何か出るならば、もしも自分が死ぬ気で行くんだったらば、何かあるなって思ったんですよ。

というのも私だったら死ぬ時に人に見られたくない。
でも自分の墓標は欲しい。
なんとなく目印が欲しい。
ゆっくりと眠りたい。
それできっとそういう風な道があるに違いない。
そういう風に思いながら歩いていったんです。

どんどんと歩いて行くんですが、どうも気持ちが悪い嫌なところなんですよ。
それで立ち止まって、そうしたら照明さんが私にライトを当てるんでひょいとどかしてもらったら大きなモミの木が有りましたよ。
その時あれって思ったんです。
照明を浴びているところの、影のあたり、そこに大きな枝が出ているんです。
三メートルくらい上ですかね。
そこに何かがぶら下がっているから見てみると、紐なんですよね。
あの何も無い樹海の木から紐がぶら下がっているんですよ。
下を見ましたら、岩で抑えてあるコップ。
土が被っていて、水がいっぱい溜まっていた。

「稲川さん、なんだか気持ちが悪いね。 帰ろうか?」

「いやいや、まだまだ」

こうなってくると私も欲が出るから、もう少しもう少しとなるわけです。
というのはきっとこれから死のうと思っている人間には、何か入り口があるんじゃないかなと思ったんです。
だから私もその気で行ってみようと思い、どんどんと歩いていったんです。
そうしたらあったんですよ。
絶対にここだなという場所が、あったんです。

それは木の根っ子が抜けていて、二本対の形であるんです。
まるで門のようにですよ。
それで原生林の中なんだけども、歩こうと思ったら歩けそうなんです。

そうしたらディレクターが、
「局アナの女の子に紐をつけて、五十メートルくらい奥にやらないか」
と言うんです。

ひどいことを言うもんですよね。
彼女はそれでも「分かりました」と言いました。
頭にヘルメットを被る。
そこにライトが付いている。
そして自分を映すカメラがある。
懐中電灯を持って、カンテラをつけて、ポラロイドカメラを持って彼女は一人で奥に行きましたよ。

「大丈夫かー!?」

「はい!」

・・・

「大丈夫かー!?」

「はい!」

・・・

「何かあったら言えよー!」

「はい!」

可哀想だったけども私は紐を持って皆と待っていましたよ。
だんだんと声が遠ざかっていくから、奥に行っているのが分かる。
彼女のマイクとこっちのマイクが繋がっているんで、それでも彼女の様子は分かるんですよね。

そうしましたら彼女が
「何かに引っ張られています」
と言うんです。

だから「よーし、今行くから待ってろよ!」と言って、何の明かりも無いところを紐を頼りに入っていったんですよ。
でもその時、もう少しで彼女のところだというところで私思ったんですよ。
もしも彼女のところまで行って、彼女が後ろを振り向いたら、全く違う人だったらどうしようって。
これって怖いなぁと。

「大丈夫?」と声をかけたら、彼女でした。
そうしたら彼女が「稲川さん、あそこ」と指を指すんです。
見たらそこには大きなモミの木があるんです。
下には雪がなくてフワフワとした草がいっぱい積もっているんですね。
葉っぱや何かが堆積しているんです。
それを見た時に、死ぬならここだと思ったんです。
だから彼女からポラロイドカメラを受け取って三枚の写真を撮ったんです。
それで最後にもう一枚撮って彼女のロープを解いてあげた。
彼女に前を歩かせながら、私はそのロープをまとめながら後ろを歩いていったんです。

そうしましたら先ほど撮った写真を見てみると、三枚目、丁度モミの木の下のフワフワとした葉っぱや草が堆積しているところ、
その落ち葉の上で真っ白なものが横たわっているんです。
それは本当に見事な白骨体でしたよ。
それがポラロイドカメラですからだんだんと浮かび上がってくる。
他の写真もおんなじアングルで撮ってあるから見てみたんだけども、他のものには写っていない。
ということはこれは岩や何かではなく、確実に何かが写っているんです。
それで先に皆が居たんで「おい、撮れたよ!」と言ったんです。

ところが何故だか皆シンとしているんだ。
ディレクターも黙ってしまっている。
もう一人の女性局アナも黙っちゃってる。
カメラさんも黙っている。
音声さんも黙って汗をかいている。
どうしたんだろうと思ったら、遠くで

ううううううううううう

という声がする。
もしも車だったらブーンとか、抑揚がありますよね。
でもそれは

ううううううううううう

と、抑揚もなんにもないんだ。
そのうちにその音がだんだんと近づいてくる。
それで私は音声さんに「これは機械の音声じゃないよね」と聞いた。

「いいえ、違います」

「そしたらこれ何? 人間の声? お経かな?」

「そうですね、らしいですね・・・」

みんなは黙ったっきり。
そして皆私の方を見ているんですよ。
その音はだんだんと近づいてくる。
さっきまではるか向こうで音がしたんですよ。
それが原生林の中をですよ、歩こうと思っても歩けないような場所をすごいスピードでこっちにやってくるんだ。
あの広い原生林でどうやって私達を見つけたんでしょうね。
それがこちらに向かってやってきているんですよ。
私も流石に恐怖が走りましたよ。
すごく怖かったなぁ。

でも咄嗟にポラロイドカメラを手に取ると、音のする方に向かって行きましたよ。
藪をかき分けながらね。
恐怖はあったけども、皆より十メートルほど奥に進んでいった。
皆は元の位置に固まったまま。
でも無我夢中で私はシャッターを押した。
シャッターを押すと辺りは光って目の前が真っ白になった。
そしたら突然目の前で

×××××××××××××

と言われた。
そうしたら皆が「うわぁああああ!!!」と言って逃げ出したから

「逃げるな!」

と叫んだんです。
でも逃げるなと言った私も恐怖していましたよ。
怖かったもの。
本当に怖かったもの。
戻ったらディレクターが

「稲川さん、どうしましょう?
 このままじゃまずいんですよね?
 俺普段はこういうの大丈夫な方なんですけど、これは本当にまずいですよね」

それで私、音声さんとカメラさんに「撮れてるか?」と聞いたんです。
そうしたらカメラさんは撮れておらず、音声さんは撮れていると言うんです。
「どうしますか?」と皆が聞くから、私は皆に「もう一度行くか?」と聞いたんです。
でも行こうと思った瞬間に、ドンドンとその声がこちらに近づいてくるんですよ。

×××××××××××××

それでよし、行ってやるぞ!と思って行くと、原生林の中をさっきよりずっと奥まで行っちゃったんですよね。
何がなんだか分からないけどももう必死ですよ。
皆がもう藪の中のずっと後ろなんですよ。
でも無我夢中でシャッターを押した。
目の前が真っ白になった。
そのフラッシュの真っ白な中から、すぐ目の前で

×××××××××××××

という声が聞こえた。
流石に皆怖くて逃げたんですよ。
でも途中で何か音がしているんですよ。
私と一緒に何かが走っているんだ。
撮ってやろう!と思った瞬間、私は地面につんのめって、地面を撮ってしまった。

そしてやっと我々の車が見えてきたんで車のところでまとめの言葉を話していたんですよ。
彼女ら二人を脇に置いてね。
そしたら音声さんが固まっているんですよ。
そうしたら

×××××××××××××

という声が聴こえているんです。
皆塩をまいてお札を持ってすぐに逃げましたよ。
それでロケバスの中でもう一度まとめを撮りましょうということでカメラを回し始めた。
それで写真を見たんですよね。
確かに骸骨の写真がありました。

私が先ほど滑って地面を撮ってしまった時の写真、それを見たディレクターが
「稲川さん、これなんなの?」と言うんですよ。

地面に積もっていた雪を撮ったつもりなんですが、それは立体感があって、雪じゃないんですよ。
女の人が髪を垂らしたまま倒れているように見える。
その背中に赤ん坊がおぶさっている。
それで少し話したところに、子供の手と顔の半分が写っているんだ。
女の人の上に鼻も耳も口も写っている。

「帰りましょう、まずいから」とディレクターが言う。
運転手さんがロケバスのエンジンをかけた。
その瞬間に音声さんやカメラさんも「あれ、エンジンかかってなかったの?」と言うんです。
そうしたら運転手の方が

「えぇ、エンジンかけてないですよ。だって今カメラ回してますから」

「嘘、さっきからこのロケバスのすぐ後ろでもって
 うううううううううう
 という音してましたよ」

その瞬間皆で急いで逃げました。
そしてこれを番組で流しました。
結果的にクイズ番組にはならなかったけども、大変な反響を呼んだんですよね。
死の入り口を私達は見てしまったんですよね。

前の話へ

次の話へ