海に潜む者

割と最近になって親しくなった方なんですが、この方はお坊さんなんです。
このお坊さんというのは家が代々お寺ですから、いわば若旦那なんですね。
それで、この人サーファーなんです。
家は坊さんなんですが、そういう仕事ばっかりやっちゃったりして、非常にお坊さんとは思えないようなまだ若い人なんです。
それで、ちょっと前まではお坊さんの仕事もしてなくて、イケイケのサーファーだったわけですから、
仲間で集まって、ちょっと行こうという話になった。

それで集まろうという話になったら、自分を入れて四人が集まった。
その四人で車に板を乗せて出かけていった。
行く途中に「何か食っていこうや」という話になり、道路沿いのレストランに車を停めて入った。

「いらっしゃいませ」と女の店員さんが来て水を置いていったんですね。
そしたら、その水が三つしか無い。一人分足りないんです。
一人の友だちのところに水がないんだ。

「お姉さん、水もう一つね」と言うと、お姉さんは水をもう一つ置いていった。
それを見て皆で「お前存在感ねぇな、水もこねーよ」と笑ったと言うんです。

それで皆で同じもの頼んだほうが早いからという理由で、みんなカレーを頼んだ。
「お姉さん、全員カレーね」と注文すると、カレーが三つしか来ない。
水が来なかった彼の前に、カレーが来ないんだ。
「お前さ、絶対的に存在感ねぇよ。水も来ないし、カレーも来ないんだもん」とまた皆で笑った。

それで腹ごしらえして海に行き、皆で早速サーフィンをして盛り上がった。
陸に上がると、三人しかいない。
例のカレーが来なかった奴が上がってこないんです。

「おい、アイツどうしたんだ?」
「さぁ? まだ泳いでるんじゃないか?」
そう言って一息入れると、また皆サーフィンをしに行った。

もうだんだん日が傾いてきたので皆陸に戻ると、またそいつが来ない。

「おい、アイツどうしたんだ。さっきからずっと居ないじゃないか」
「どうせナンパでもしてるんじゃないか?」
「あぁ、あいつ結構モテるからな」
「どうせ居なかったら宿に来るだろうし、もう夕方だから先に宿の方に行こうぜ」
「大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。旅館の場所も知ってるんだからさ」
「でもちょっと心配だな・・・」
「どうせナンパでもしてどっかにしけこんでんだから大丈夫だよ。心配要らないって」

それで皆はそいつを置いて宿に行ってなんやかんやしていると夕食の時間になった。
夕食になってもそいつは帰ってこない。
食べ終わり、一杯やって皆気分が良いもんだから、そのまま寝ようという話になった。

「あいつ、本当どうしたんだろうな」
「夕飯にも戻ってこなかったな」
「なんかあったんじゃないか? 大丈夫かな」
「大丈夫だよ、どうせナンパが上手く行ってどっかにしけこんでんだから、朝方になったら帰ってくるよ」

それで皆、そいつのことを放っておいて寝ちゃった。

夜中になったら部屋の外で「すみません、すみません」と声が襖の向こうから聴こえる。
「はいなんでしょうか」と襖を開けると、そこには旅館の女将が立っていた。

「すみません、夜分遅くに。
 実は今警察の方が来られていて、こちらの部屋の責任者の方を呼んでくださいと言っているんですけども、
 どなた様をお呼びすればよろしいでしょうか?」

そのお坊さんは起きていたものですから、「じゃあ私が行きます」と言い、警察のところへ行った。
案内されて玄関先まで行くと、警察の男の人が立っていて、「恐れ入りますが」と言いながら警察手帳を見せた。

「それで、警察の方がどういった御用でしょうか」
「あの、唐突な質問で申し訳無いんですけども、ご友人の方が一人、お戻りになってないんじゃないでしょうか」
「確かに戻ってないですね、アイツもしかして、何かやったんですか?」
「あの・・・そういうことでしたらお話しますけども・・・我々、ずっと調査をしてまして、そうしましたらこんな遅い時間になってしまい申し訳ないんですけども・・・。
 夜中で申し訳ないんですが、ご足労お願いできませんでしょうか」
と警察の方が言った。

それでその時にお坊さんは(これは只事じゃないな)と思い、後の友人二人を起こしてきた。
起こしに行き、二人に事情を説明した。
二人は寝ぼけており、急に起こされて機嫌も悪いんですが、「今警察が来てて」と事情を説明し、その警察官と三人で一緒に出かけていった。

道すがら、「事件なんですか?」と聞いてもその警察官は何も答えない。
理由も話してくれない。
ただ警察官があまり良い表情をしていないんで、(これはあまり良いことじゃないんだろうな・・・)と思った。

それで、車を降りる時に警察官の方が非常に言いにくそうにしつつ
「あの、申し訳ないんですが・・・。こちらに安置されています・・・」
と言った。

「えっ、安置されているってどういうことですか? 死んだんですか?」
「いや・・・お友達じゃなければいいんですけども・・・。海で死体が上りまして。
 ご確認いただければと思いまして、お呼びしたんです」

警察官のこの言葉で三人は驚きましたよね。
そのカレーライスが運ばれてこなかった友人とは昼間から会っていないわけですから。
言われてみれば死んでてもおかしくないわけなんだけども、皆てっきりナンパでもしているもんだと思っていましたから、信じられないんですよね。

部屋に入りましたら結構広い部屋で床がコンクリートで、ベットがあるのに床にクッションのようなものが敷かれていて、
その上にブルーシートが敷かれていて、人形のようなものが寝かされていたそうですよ。
でも三人はやっぱりそれが自分の友だちだということが信じられない。
それでそのブルーシートを見て不思議に思ったのが、普通、人一人分の大きさというのは決まっているじゃないですか。
ところがやけにそのシートは、「長い」というんです。
(随分長いシートだな)と思った。

そういう風に思っていましたら、警察官の方が「申し訳ないですが、ご確認いただけないですか」と言った。
「分かりました」と言い、その坊さんは顔のところに手をかけた。
少しだけめくり、すぐに分かった。
ずっと一緒に居た仲間の顔ですからね、少しだけ見ればすぐに分かるんですよ。
案の定それは一緒に来た自分の友人なんです。

どうしたんだろう・・・一体どうしちゃったんだろうと思った。
それでも自分を冷静に保ち、「はい、間違いありません」と言った。

他の二人も相当に驚いているようで、「お前どうしたんだよ・・・。お前なんでこんなことになっちゃったんだよ」と口々に言っている。
そりゃそうですよね。
ナンパしていると思っていた人間が、死体となってここで寝ているんですから。

皆起きたばかりのこともあるし、信じられないという気持ちからボーっとしている。
それで、三人はしばらくボーっと見ていたんですけども、警察官に聞いてみた。

「どうして亡くなったんですか」
「いえ、まだ分かりません。解剖でもすれば分かるんでしょうけども、今はまだ分からないんです」
「海で溺れたんですか」
「いえ、溺れたと言えば溺れたんでしょうけども・・・。そういうような状況ではないような気がします」
「心臓麻痺ですか」
「心臓麻痺かもしれない・・・」
「それで、どういった状況で発見されたんですか」
「いや、それが非常に説明しづらいんですけども・・・」

そう言って警察官は口を濁した。
警察官の歯切れの悪さから、(一体何なんだよ)と思った。
と、仲間の一人が口を開いた。

「おい、ちょっとこれを見ろよ。さっきから気になっていたんだけどさ。
 人間一人の大きさって決まってて、膨らみだって決まってるはずだろ。
 やけにこのシートは長くないか?
 アイツはなんだ、溺れてこんなに伸びたとでも言うのか?」

確かにその通りだと思い、シートを眺め、警察官の方をチラッと見ると、警察官がコクリと頷いた。

それで坊さんは警察官に聞いた。
「すみませんけど、もう一度下の方まで見てもいいですか」

しばらく警察官は考えた後、「よろしいでしょう」と言った。
「どうぞご覧になってください」

もうものすごく嫌な感じがしながらも、確かめないわけにもいかないですから、三人はゆっくりとシートをめくっていった。

友人の服が見える。

ウェットスートを着ている。

どんどんどんどんめくっていく。

シートを腰のあたりまで下げた時、嫌なものを感じたと言うんです。

(嫌だな・・・)

ゆっくりとめくっていくと、腰のあたりにグレーのなんだかもやもやしたものが見えた。

(なんだこれ・・・)
怖いんですけど、一気にめくった。

そしたら、丁度彼の太ももあたりのところに、老婆の頭がひっついており、腕が太ももに絡みついている。
何の事はない、死体は二つあったんですね。
彼の足に婆さんが絡みついているんです。
だからシートは長かったんだ。

「何ですかこれは!」
そう警察官に聞くと

「実はこのお婆さんの身元も既に分かっているんです。
 四日前に行方不明になった方で、恐らく間違いはないでしょう・・・」

でも何で四日前に居なくなった婆さんがこいつに引っ付いているんだろうと思った。
こいつは泳ぎもうまいし、こいつが飛び込んだ瞬間に婆さんがひっついたんだとしたら、こいつは逃げれたと思うんです。

「こいつは逃げなかったんですか」

警察官はなんとも言えない顔をして、何も答えない。

「四日前に居なくなったお婆さんですよ。既に死んでるわけでしょ。
 死体でしょ、だったら何であいつの足に絡みつくことが出来るんですか」

警察官は言った。
「だからそれが何でなのか、私達も分からないんですよ・・・」

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