夜中に歩く子供

私の学生時代の思い出なんですけども、夏の終わり頃でしたかね、
夏休みに皆で遊びに行こうかってことになったんですよ。

っていうのは私は研究科というところに居ましてね、人数が少ないんですよね。
何処も行かないのもつまらないから、何処か行こうやって話になりまして。
その中の一人が「愛知県に行かないか」ということを言ったんですよ。

というのも、彼の実家が愛知県にありますから、そっちに行こうよって言うんです。
まぁ何処に行っても良かったんです。
当てがあるわけじゃないんで。

それでレンタカーを借りて東京から出発しまして、安い旅館に泊まったり、その友達のご実家にお世話になったりしました。
その時にたまたま、今となっては場所は定かではないんですが、愛知県の過疎の村なんですが、
役場が管理している空き家を貸してくれるという話がありまして、そこに泊まるという話になったんです。
役場が管理しているんで安く借りれるからそこに行こうやという話になったんで、皆で行ったんです。

大きな農家の家でした。
だから戸を開けっぴろげていると庭が全部見えるんです。
長い廊下があって、家の中に入ってみるとまだ何だか生活の匂いというのが残っているんですよね。
あちこちに雑誌や子供の教科書が置いてあったりするんです。
それが妙に生々しくて、あぁここで誰かが生活していたんだなぁ、家族が代々住まれていたんだなぁという匂いがするんですよ。
住んでいる人間は居ないけれど、住んでいる人間のモノは残っているという状況です。
そこで買っていった酒を皆で飲んでワイワイ騒いでいましたよ。

夜になると丁度良い具合に開けっぴろげた戸の合間からコスモスが咲いているのが見えるんです。
これは今でも覚えていることなんですが、とても幻想的な景色なんですよね。
青白いような月灯りの下に、たくさんのコスモスが広がっているんです。
とてもきれいな景色なんです。
そのうちに酔ったメンバーが、

「あー、そろそろ俺は寝るわ」
「じゃあ俺も寝ようかな」

と、あちこちに皆それぞれ違う部屋に帰っていった。

風が心地が良いんですよね。
田舎ですから空気がいいんです。
蚊も居なかったんで、皆良い気分で寝ていましたよ。
それで結果的に、私が一番飲兵衛だったわけですから、最後まで一人で飲んでいましてね、
大きな部屋だったんですが、酔ってきてゴロンと横になった。
もうほかの部屋はシーンとしていました。
皆寝ていたんでしょうね。

時間がどれくらいだったかは分からないんですが、不意に

トットットットット

と、子供が走るような音が聴こえてきたんですよ。

(あれ?)

トットットットット

ガラン

バタン

ドン

向こうのほうで戸が開いて閉まる音がする。
そしたらまた

トットットットット

ガラン

ドン

何だか分からないんですが、子供が座敷の中を駆けずり回っている音がするんですよ。

(何だろう、こんな時間に子供が駆けずり回っているなんて・・・)

トットットットット

トットットットット

どうやらその足音はこちらに近づいてきているようなんですよね。
何だろうと思っていましたら、私のすぐ傍の襖がドンと開いたんですよ。
私はまだ寝入っているわけではなく、うっすらと意識がありますからそちらを見たんです。
そうすると、戸がトンと閉まったんです。
と、次に

トットットットット

私の周りを丁度子供が走るような形で良い具合に足音がしているんですよ。
それを聴いていると、足音が立ち止まるんです。
ただ、足音はしているんだけども、姿が見えない。
なのに姿は見えないのに頭の中では何となく姿が見えるんです。

小さな子どもで、白っぽいシャツを来てましてね。
幼稚園か小学生くらいの男の子かなあ、その男の子が走って止まるんです。
目で見ようとすると、姿は見えないんだ。
でも頭では分かっている。
私の頭の中ではその男の子が止まってわたしをジーっと見ている。
それが不思議と怖くないんですよ。
その男の子が三・四回わたしの周りでくるくる回って、

トットットットット

向こうに行っちゃった。
見ていると、その男の子がしゃがんだ。
それも目で見えているんじゃない、頭の中に浮かんでいるんです。
小さな男の子が床柱のところでしゃがみこんだんです。
そして何か絵のようなものを描いているんです。
それでしばらくすると、

トットットットット


私の方に来て、私の方をチラッと見るとまた戸を開けて

トットットットット

走って出て行った。
あぁ、子供が行ったなぁと思って窓の方に目をやると、まだコスモスが月灯りに照らされて幻想的な雰囲気が広がっている。
それを見ていると何だか夢なんだか現実なんだか分かんないんですよね。
スーッと眠りに落ちて、眩しくなって目を開けるともう朝だったんです。

皆が起きてきて、昨晩のことを話し始めたんです。
「いやー、昨日は飲んだなぁ」
「昨日はもう駄目だよ、子供がうるさくて眠れなかったよ」

私も何気なく答えた。
「あーそうだなぁ、昨日子供が走り回ってたなぁ」

そしたら他の友だちが聞くんです。
「なんだよそれ、子供って誰?」

「え、昨日の夜子供が走り回ってただろ」

「おい、何言ってんだよ。ここにそんな子供は居ないじゃないか。
 だってここ空き家だろ。俺たちしかいないよ。
 それとも何か、他所から子供が来て走り回ったとでも言うのか?」

面白いですよね。
同じ所に泊まったのに足音を聴いた人間と聴いていない人間が同じづつくらい居るんです。
でも足音を聴いた人間は、みんな子供が走っていたって言うんです。
「走っていたよね」ってみんな当たり前のように言う。
それで私が、

「あぁそうだ、それなら私の部屋に来てごらんよ。
 走り回っていた子供があの辺りに絵を描いていたんだよね」

皆を床柱のところに連れて行ったんです。
床柱の下の辺りに確かクレヨンで描いたような絵があったんですよ。
子供が絵を描いているんですね。
不思議ですよね。
怖くも何ともないんですが、何だか懐かしい感じがしてね。

帰りの車の中で友達が
「あぁ、この村は過疎になって皆都会に行ってしまったんだなぁ・・・。
 多分亡くなった子供はそんなことも知らないで、夜中になると帰ってきてあの家で遊んでいるんだね。
 何だか可哀想だなぁ。コスモスの咲く庭があって、月灯りがあってさ。
 暗い闇の中で子供が一人で駆けずり回って遊んでいるなんて、なんだか寂しい気持ちがするよな」

それを聞いて、私もそんな感じがしました。
何だか懐かしい思い出の中に、そんな記憶が残っているんです。

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