ねんねこ坂
私がよく怪談話をまとめる時に「どうやってまとめているんですか?」と聞かれることがあるんです。 話が初めからきちんとまとまってるという場合は少ないですね。 生意気な言い方をしますと、地面からちょこっと飛び出ているものを「あれ、これは・・・」と思って周りを掘っていって 取り上げてみると、壺か何かの破片なんですよね。 掘っていくとだんだん形が見えてくる。 でも全部では無いんですよ。 あちこちが欠けているわけだ。 ところが日が経つと周りから破片が出てくるわけだ。 それを組み立てていくとだんだん形が見えてくる。 でも、どうにも分からないところもある。 破片が無いわけですよね。 そういう場合は「あぁ、多分ここはこうなるんだろうなぁ、ここはきっとこうじゃないかなぁ」と予測するわけだ。 それできちんと形が出来て、「じゃあどうぞ、ご覧下さい」と、そういう風になります。 話っていうのも同じで、話の破片というものはあるんです。 でも多分これは違うんじゃないか、ということもよくあるんです。 そいう場合、何ヶ月から数年経つと破片がまた出てくる。 「あ、これはこういう形の話だったんだ」と思うこともよくある。 でもどうしても穴が空いて分からない部分は、「これはきっとこうだったんだろうなぁ」と話を埋めていくわけです。 それと、あるところにこういう話がある。 そしてだいぶ離れた場所に、全く同じような話がある。 でもこれは実際にここであった話を誰かが知っていて、似たような場所や似たような所で同じような話を作ったという場合もあるんです。 偶然に似たような話が出来上がっている場合もありますがね。 というのも今年の夏前なんですがね、親しい人からある話を教えられました。 その知り合いが私に「変わった場所があるよ」と言うんです。 それで私、そこに行ってみたんです。 そこは千葉県なんですが、海街ではないんですよ。 山の方で、失礼な話なんですが、よく“千葉県には背骨が無い”と言われますよね。 海街には良い道路があるし、電車も走っているんですが、山の中には全くそういう交通が無いんですよね。 陸の孤島のような感じなんですよ。 行ってみると、そこは細い急な山道なんです。 どんどんとそこを登っていった。 登って行って峠まで来ると、そこに廃屋のラブホテルがあるんですよ。 何でこんなところにあったのかなぁと思いますよね。 何しろ民家が全く無い、灯りも全くないといった場所ですから。 大きいな道路があるわけでもないし、道も相当に狭いんですよ。 それでその廃屋のラブホテルが放置されているわけだ。 このホテルからすぐ先に、今度は急な下り坂があるんですよ。 これがよく言われる九十九折というやつですよね。 ジグザグにずっと続いていて、かなり急です。 車一台がようやく通れるような狭い道なんです。 一方は切り立った岸壁というのかな、それでもう片方は谷なんですよ。 断崖絶壁をくぐるように道が続いているんです。 長い急な坂なんですがその途中に三箇所くらいかな、車と車がすれ違えるような場所があるんですよ。 それで不思議なのは、この坂の丁度中間、そのあたりに公衆電話のボックスがあるんですよ。 この公衆電話はきちんと使えるんですよ。 今どき携帯電話を皆持っていますからね、もう街にあった公衆電話も随分無くなりましたが、 何故かそんな山の中にはまだ立っているんですよ。 ここには民家は無いんですよ。 人が通らず、車がたまに通るだけ。 そんな坂道の途中にぽつんと公衆電話があるんです。 あれは何なんだろう、何であんな場所にあるんだろう。 一体誰が使うんだろう。 ずっと気になっていました。 あれこれと調べるうちに、フッとあることを聴いたんです。 この坂道は地図の上では名前は無いんですが、その昔に土地の人はこの坂を“ねんねこ坂”と呼んだということらしいです。 それを聴いた時に (ん?ねんねこ坂・・・、聴いたことがある) それは全く離れた静岡県の東部、そこに確かねんねこ坂の話があったなぁと思った。 そのねんねこ坂の話というのはですね、その昔、凍てつく夜の闇に紛れて峠道に差し掛かる険しい山道を夫婦が逃げてきた。 亭主の方はやくざ者で人を殺めて追われる身。 女房の方はその人の後を追ってついてきた。 女房は背中にしっかりと結んだ“寝んね子”を背負っていた。 険しい山道を超えるわけですからね、そして明かりも持っていない。 それで足は傷ついている。 おまけに赤子を背負ってのことですから、もう息も絶え絶えで峠道に差し掛かると、ドスンとそのまま尻餅をついた。 もう足は棒のよう。一歩たりとも歩けない。 此処から先は急な坂道がずっと続いている。 女房が荒い息をしていると、 「さぁ、ここから先は後は降りるだけだ」 と言って亭主が先を急がせる。 急かされた方の女房は、どうやらこうやら立ち上がってはみたんですが足元はフラツイて、思うように歩けない。 それでもどうにか闇に包まれたその坂道を赤子を庇うようにして一歩一歩下り始めた。 と、それを見ていた亭主は (これから先こいつと一緒だったら何かと足手まといに違いない・・・。 この峠を超えたら、これから先どんな楽しみがあるかわからない。 そうなれば赤子もろともこいつを殺してしまった方が楽ではないか・・・) と考えた。 そんなこととはつゆ知らず、女房の方はふらつく足取りで必死に坂を降りていく。 と、あろうことかこの亭主が女房を後ろから蹴ったからたまらない。 女房は頭からゴロゴロと坂道を転げ落ちていく。 背中の赤子を庇おうと思うんですが、体は勢いづいて転がっていく。 ゴロゴロ転がるたびに女房の背中の下で押しつぶされた赤子が ウゲェ、ウゲェ と血を吐いて寝んね子を赤く染めていく。 女房は何とか止まろうと思い、凍てついた坂道に爪を立てるんですがバリバリと生爪が剥がれていく。 腕と言わず、足と言わず、体のあちこちをぶつけながら落ちていくわけですから、体が赤く染まっていく。 でもなおもゴロゴロと転がっていく。 谷に向かって転がり落ちていくわけだ。 哀しい女房の悲鳴が長く尾を引いて真っ暗な谷底へ飲み込まれていった・・・。 以来この赤子と女房の血を吸った怨念の坂道を下ってくると、谷間を吹き抜ける風に乗って哀しい女の叫び声と狂ったような赤子の泣き声が聴こえてくる。 土地の者はいつからかこの坂道をねんねこ坂と呼ぶようになったというんです。 時が移り、時代が変わって、この坂を車が通るようになったんですがね。 何故か知らないんですが、時々車が原因不明の事故を起こす。 急に車が止まってしまったり、ブレーキが効かなくなったり、そういうような事故が何件も起こるんです。 (待てよ・・・。この話、これは千葉県のここの話じゃないか・・・?) それで調べてみた。 すると、こんな話を聴いた。 それは、峠の上にラブホテルがあった。 それで深夜、ラブホテルからカップルが車に乗って急な坂道を下りてきた。 車はやがてこの坂道の中ほどまでやってきた。 と、どうしたわけか車が止まってしまった。 いくらキーを回してもエンジンはかからない。 おかしなことに全く反応が無い。 男の方は携帯電話を持っていたんで、すぐにJAFを呼ぼうと携帯を取り出した。 ところが見ると電波が届いていない。 きつい渓谷の中だからもしかしたら電波が届かないのかもしれない。 辺りには全く民家がないし、灯りがない。 助けを求めてホテルに戻るにはこのきつい坂道の長い距離を登っていかなければならない。 かと言って下るにしても、街までは随分距離がある。 こうなると他所の車が来るのを待つしかないわけだ。 道は車幅いっぱいですから、車が来たら止まらざるをえない。 仕方ないから二人は車の中で黙って待っていた。 辺りは真っ暗な闇。 時折風が吹いている。 けれど待てど暮らせど車は来ない。 ただジーっと待っていた。 そのうちに風が出てきた。 (あー、参ったなぁ・・・) 相変わらず車は動かない。 と、風の音に混じって何だか妙な音が聴こえてきた。 それがだんだんとこちらに近づいてくる。 鳴き声でなければ悲鳴でもない。 動物の鳴き声のようだけれども、そうではない何か得体のしれないものが近づいてくる。 だんだんと近づいてくる。 暗い闇の中から近づいてくる。 暗い坂道を車の方へだんだん近づいてきている。 (嫌だなぁ・・・どうしよう) うぅぅうううぅうぅうぅぅうう・・・ (何なんだ・・・何が来るんだ・・・?) うぅぅうううぅうぅうぅぅうう・・・ うぅぅうううぅうぅうぅぅうう・・・ もう車のすぐ近くまで来ている。 (あぁ頼むからこのまま過ぎ去ってくれ・・・!) 二人は祈った。 逃げ出すわけにも行かない。 ただ車の中で過ぎ去るのを待っている。 うぅぅうううぅうぅうぅぅうう・・・ うぅぅうううぅうぅうぅぅうう・・・ 車のすぐ後ろまでやってきた。 うぅぅうううぅうぅうぅぅうう・・・ とっとっとっと・・・。 それは、車の上に乗ってきた。 男の方は怖いんですが、何が起こっているのか分からなかったのでバックミラーで覗いてみた。 パワーウィンドウを見てみると、血まみれの足がズルっと這い上がっていった。 うぅぅうううぅうぅうぅぅうう・・・ ドンドン!ドンドン! 頭の上から音がしてきた。 どうやら這いずり上がり、車の上で這いずっているらしい。 この後どうなるのか大体予想がついていますからね、 「いいか、絶対に目を開けるんじゃないぞ。絶対に見ちゃ駄目だぞ」 そう彼女に言い聞かせ、自分も目を瞑った。 うぅぅうう・・・ドンドン・・・ うぅぅうう・・・ドンドン・・・ こっちはじっと目を瞑って通りすぎるのを待っている。 うぅぅうう・・・・・・・・・・ ドンッ! 女のほうが悲鳴を上げたんで、男がハッと目を開けた瞬間、男も悲鳴をあげた。 自分の目の前のフロントウィンドウに、ベタッと血まみれの手が張り付いた。 そのまま体は固まった。 するとフロントウィンドウの上からザワザワとざんばらな髪が下りてきた。 やがて、ズズズズズズと、血まみれの女の顔がずり落ちてきた。 額が見え、目がこちらを覗いていた。 口からは血を吹き出していた。 こちらを見ながら、 うぅぅうう・・・ドンドン・・・ 女がどんどんとずり落ちてくる。 と、女の首のほうに真っ赤なボールのようなものがあった。 それが口を開け、うぅぅうう・・・と言ったので、言葉にならない悲鳴をあげた。 そしてやがて闇の中へ消えていった。 殆ど意識が遠ざかったような状態。 と、車がとつぜん滑りだし、そのまま崖にぶつかった。 瞬間、ボンとエアバックが広がった。 シートベルトをして、シートとエアバックの間に挟まったその姿は、 ねんねこ坂で母親と地面の間に押しつぶされた赤子の姿に似ていたそうです。 しばらくしてフッと我に返った二人。 車を降り、助けを求め坂道を下っていった。 真っ暗な道を下っていくと、向こうに明かりが見えた。 近くまで来ると、それは電話ボックスだった。 (あぁよかった・・・) 二人は電話ボックスに飛び込むと助けを求めた。 そうか・・・そうだったんですね。 そういうことなんですよね。 それでそこに電話ボックスが、“必要”なんですよね。




