ことろ - 城谷歩

石井さんという時分65歳のとてもダンディーなオジサマから伺った話になります。
まず初めに申し上げておきたいのは石井さんは元来幽霊やおばけ、オカルトのたぐいの様々には否定派というか懐疑派として長くいられた方なんですが、お話を伺った正月です。
ご自身ではどうにもならない、理屈では説明がつかないようなことに出くわしてからは少し見方が変わったんだそうです。

事の起こりはというとこの石井さんが小学生時分まで遡りますから、今からおよそ50年ほど前のことになります。
その当時から石井さんは東京にお住まいの方だったんですが、実は石井さんのお家ではちょっと変わった習わしと言いますか、年中の行事があったそうで。
どのような行事かと言うと、可愛い子には旅をさせろじゃありませんが毎年夏休みや冬休みになると子供一人っきりでリュックサックを背負って母方の実家があります東北のお爺ちゃんお婆ちゃんの家に遊びに行きなさいと追い出される行事だったんです。

一日二日じゃございません。
休みの間中向こうで過ごすんです。
それで休みが終わる少し前に東京に帰ってくるという。
当然他にも兄弟がありましたから夏休み冬休み当然両方行くわけにはいきません。
夏は兄貴が行ったから冬は自分が行こうという形でして、順繰りに行くわけです。

石井さんが小学校五年生の冬休みのことです。
順番が回ってきて石井さんがお爺ちゃんお婆ちゃんのお家に向かうことになりました。
なんせ年が明けて六年生になりましたら中学受験が控えていますのでもうこんな風にして遊びに行くのは最後になるだろうなと十歳ながらもそれが少し分かっていた。

ちょっと寂しい心持ちはありましたけども各駅停車鈍行の電車に乗って、ガタンガタンと電車に揺られながら東北の田舎を目指します。
窓の外にすっと目をやりますと始めのうちは東京都内ですからあれやこれやのビル群が風のようにすっと走っていく。
何処か寂しいような悲しいような心持ちで眺めていくうちに窓が薄っすらと曇ってきて、曇った窓の向こうに建物がポツンポツンと少なくなっていく。
次第次第に白いものが混じり始めていつの間にか窓の向こう一面が真っ白な雪景色と相成りました。

目的の駅についてホームに降り立ってみますと疎らな人影の中にお祖父さんが既に迎えに来てくれたようで、

「おぉケンボウ、よく来たな!」

「お爺ちゃん!」

パーッと駆けていきます。

「おぉ寒かったな、寒い寒い。
 それじゃあ行くぞ」

ということでお爺ちゃんが運転してきた軽トラックに座ってガタガタとお家を目指します。
なんせ田舎のことですから見渡す限りの雪原。
農道かなんなのか、しばらく揺られていくうちに遠くの方に一軒古い家が見えてきます。
茅葺の屋根とまではいきませんが、日本昔ばなしに出てくるような、ご想像が容易かと思います。
あんな大きな平屋のお家がどーんと、お家の前にトラックが着いて石井さんは助手席をバンと降りていきますと雪の中を駆けていきますとガラガラガラガラと入り口を開けます。

土間の真ん中に踏石みたいなのが置いてあって一段高くなっての廊下です。
腰障子がありますがそれはすっかり開け放たれていて向こうには何十畳もあるような広い茶の間。
囲炉裏が切ってありますが時分囲炉裏はもう既に使われていない。
代わりに薪ストーブが一つあってお部屋はほんのりと温かい。
薪ストーブの上にはお鍋が一つあってコトコトコトコトと何かが煮えている。

その鑄物のストーブの脇にお婆ちゃんが背中を丸めて、

「あぁよく来たね、おいでおいで」

「ただいま!」

と鞄を放り投げてお婆ちゃんの傍まで行く。

「まずは食べなさい」

と言うのでそのお鍋から汁物をよそって置いてくれる。
石井さんはまずはそれをかっこんで凍えた体を温めております。

ここまでというのはいつもどおりの流れ。
ハフハフと言いながらお椀を啜っていると、お婆ちゃんが脇で「お父さんお母さんお兄ちゃんはどうしている? 学校はどうだ?」と他愛もない話をしながら、そのうちすっかり食べきって

「ごちそうさま、じゃあ行ってくる」

もう何せ何度も来ている地元と言ってもいい場所ですからこちらの方面でもお友達が出来ていて、帰ってきたらお友達と遊ぶというのが定番になってきています。
挨拶もそこそこにクルッと踵を返すと玄関の方にポッと足を向けた時

「ケンちゃん、暗くなるまでに帰ってこないと駄目だよ」
とお婆ちゃんが一つ。

「うん」

「五時までに帰っておいでよ」

これも毎回のように言われるフレーズなんですが、この時に限って石井さんは妙な感じをしました。
フレーズには何も変わりはないんですけどもどうも後ろ髪を引かれるというような、お婆ちゃんのほうを振り向いてみますともう一つ違和感に気づきます。
お部屋の中が薄暗い。

まぁもちろん昔の家の作りですから、今のおうちよりも幾分暗いというのは分かりますが、それにしてもまだ日の高い時間でこれほどまでに暗いものだろうかと見回してみますと、どういったわけだかお部屋に付いているカーテンというカーテンが全てピシャリと閉じきられていて洗濯ばさみのようなもので丁寧に隙間を止めてある。
なるほど、表の明かりが入らないからこれほどまでに暗いんだと思った。

何故昼間からカーテンを締め切るんだろうと思いましたけどもまぁそこは年寄りのすることですから、自分の計り知れないこともあるだろうと。
そんなことよりも早く友達と遊びたいというのが子供の心情で、

「うん分かった行ってくる」

そのまま表に飛び出していったそうなんです。

目当ての友達の家まで訪ねていって「帰ってきた」と言うと「待ってた」と向こうは友達を数人集めて子どもたちだけで雪の野っぱらを駆け出していくと雪合戦をしたり雪だるまをこさえてみたり、なかなか東京では出来ない遊びに興じております。

子供は風の子と言いますから時が経つのもすっかり忘れて気がついてみるとフイと上げた顔の先、もう4,5メーター向こうというのはよく見えないくらいに日が暮れていて

「あ、イケない!
 ごめん今何時かな?」

誰ともなく聞いてみますと、向こうの方で「あぁ六時くらいじゃね」という声がする。

「しまった、五時までに帰ってこいと言われてるんだ。
 ごめん俺もう帰らないと」

「えぇケンちゃん帰るの?
 みんなどうする?」

「じゃあ俺も帰る」

「俺も」

「そうだな、じゃあ今日はここで」

「うん帰ろう」

「バイバイ」

そのまま三々五々と帰路につくことになりました。
石井さんも「また明日ね」と顔を上げた時にもう目鼻立ちこそ分かりません。
みんな影法師になっておりますが見渡した中に一人妙に細い友人が立っているのが分かった。

あんな奴居たかなとちょっと思いましたけども、予定の時刻を一時間も経っていましたから、急いで帰らないといけない。
家路を急ぎます。

北の方の日暮れというのは暮れ始めると早いもので、あっという間に夜の景色になっていく。
途中までは何人かと連れ立って行きますがそっからはめいめいに道が別れている。
なんせ一軒一軒というのがなかなかの距離ですから途中から石井さんは一人っきりになります。

いつの間にか上がったお月さんの灯りが煌々と照らして一段と寒い日だったんでしょう、あまり冷えると雪は降りません。
歩いている足元の雪も密度を増して一足ごとに片栗粉を踏むような、キュッキュ、キュッキュと音を立てる。
遊んでいた時は気にならなかったのに独りきりになると妙に寒気がする。

(あぁ寒い)

キュッキュ、キュッキュ

とそのうちに

キューッ、キューッともう一つ足音が聴こえたような気がする。
どう考えたってここを歩いているのは自分ひとりのはずで気のせいだろうと歩速を早めます。

キュッキュッキュッキュッ

キューッ、キューッ、キューッ、キューッ

自分の足音とは違う。
ゆったりとしていながらそれでも確実に間を詰めるもう一つの足音がやはり気の所為ではなく背後から近づいてきます。

なんとはなしに振り返ることが躊躇われて、

(あれ、こっちに帰るやつ誰か居たかな?)

キュッキュッキュッキュ

歩きながら何気なく足元に目をやりますと、自分の右斜め後ろのあたりからスーッと影法師が伸びてくるのが視界の端で見て取れた。

(やっぱり誰か来ているんだ)

キュッキュッキュッキュ

キューッ、キューッ、キューッ、キューッ

いよいよ大きくなるもう一つの足音。
影はすっかり自分の横まで伸びてきていて、あぁまもなくもうすぐ後ろだという時です。
「ねぇもう帰るの?」と呼びかけられた。

「う、うん。
 もう六時過ぎちゃうから」

「ねぇもっと遊ぼうよ」

「駄目だよ、婆ちゃんに叱られちゃうもん」

言いながらも足は止めません。

キュッキュッキュッキュ

顔を上げてみるとようやくお爺ちゃんお婆ちゃんの家が見える。
この時珍しくお婆ちゃんが戸口の外にまで出てちゃんちゃんこを羽織ったままこちらを見ている。

あぁ婆ちゃん迎えに来ちゃったと思った時です。
スッと真横に気配を感じて、初めて石井さんは足を止めた。

と同時です。
右耳のすぐ後ろから

「じゃ、お前んちかーえろ」

とはっきりと囁かれた。
フッと振り向いた方向に人の姿はない。

なんだ、自分は今まで誰と話していたんだと思っていたその時です。

「ケンちゃん何してるの?
 どうしたの?」

お婆ちゃんが大きな声を出しましたから、「あ、うん」と返事をするか否か、まるでおこりが付いたように細かな震えが全身を襲った。
その様子を見たかどうか分かりませんが、お婆さんが脱兎のごとく駆けてきて

「ケンちゃんどうしたの早く帰るよ」

まるで抱えるようにして石井さんのことを家に連れ帰った。
玄関から土間にすっと入りますとまるで自動扉のように背後でピシャンと扉を閉める音がした。
お婆さんはそのまま石井さんを抱えるようにしてストーブのところに連れていきますと膝の上に抱えて「あぁ寒かった寒かった」と一生懸命さすってくれています。

石井さんは自分でも分からないうちに異様な寒気に襲われて、抑えようとしても震えが止まらない。
震えながら玄関に目をやるとそこにはお爺さんが立っていて、扉をピシャっと閉めた後仁王立ちして何かの様子を伺っている。
爺ちゃんどうしたのかなと思っていると

「ケンちゃんさっき誰と話しをしていたの?」

「分かんない、全然知らないやつが後ろから来ていた」

「なんて話をしたの?」

「『もう帰るの?』って言うから、『うん』って言った。
 そしたら『もっと遊ぼうよ』って言うから、『駄目だよ』って言ったんだ。
 そしたら最後にそいつがここに来て『じゃあお前んち帰ろ』って言った」

そこまで報告するとお婆さんはさすっていた腕をピタッと止めるとゆっくりとその場に石井さんを下ろしてスクッと立ち上がった。
うつろな目は次第に怒気をはらんで昼間より一段暗くなったお部屋の様子をギョロギョロと見ております。
脇でカンカンと燃えている薪ストーブの炎の明かりに下から煽られてお婆さんの影が壁にスーッと伸びていて、髪を振り乱していて今まで知っているお婆さんには見えなかった。
まるで幽鬼と言いますか、ものすごいものを感じた時にお婆さんは部屋の奥の暗がりを見つめます。

「出ていけ、 私のうちから出ていけ!」
と絶叫した。

その絶叫が終わるとお玄関で仁王立ちをしていたお爺さんがまるで漫画のようにガクンと膝から崩れ落ちて「あぁ・・・」と深い溜め息をついたそうです。

さてこの晩、いつもですと一階の奥の方にあります庭に面したお部屋に床を取ってくれるんですがこの日に限っては二階に連れて行かれたそうです。
お二階の一番奥にあるのは物置部屋。
軋む廊下をずっと行った先で押入れの引き戸を開けますと雑多なものが詰まっていて窓もあるんでしょうがすっかり見えません。
その雑多な荷物の真ん中に強引に床を一つ伸べて

「ケンちゃん、今夜はここで寝なさいね」

「うん」

「いい? 今晩一晩の辛抱だから。
 分かった?

 それでね、夜の間はね、何があっても絶対にこの部屋を出てはいけないからね。
 何かあったら呼ぶんだよ。
 分かった?」

「うん」

本当は何故ここで寝ないといけないのか聞きたかった。
でもそういったことは聞いてはいけないような強迫観念に襲われて、今晩一晩だけということだからここで大人しくしていたらいいんだなぁと思うと、

カラカラカラカラ

爺ちゃん婆ちゃん行っちゃうんだと思っていると、閉じ切られた扉の向こうからダダンと音がする。
どうやら引き戸につっかえ棒をした様子で出ようと思っても向こうからつっかえ棒をしているなら出ようがありません。
一体今自分の周りでは何が起きているんだろう。
幸い帰ってきた時の妙な震えは落ち着いております。

とはいえ火の気のない真っ暗な物置部屋。
起きていたって仕方がありませんから早々に布団に潜り込む。
白い息を吐きながらとりあえず寝てしまえば朝になるだろうと目を閉じました。

遊び疲れもあってすぐに眠りに落ちたのはよかったのですがそれから何時間経ったのか、普段目をさますことの無い石井さん、ハッと何かを感じて気がついた。
薄目を開けてみます。
真っ暗ではありますが長いこと目を閉じていたこともありほんのりとお部屋の様子がわからないこともないという程度です。

妙だな、普段は目なんか覚めないのに。
どうして起きちゃったかな?と思っていると、誰かがゆっくりと階段を上がってくる。

ギィギィギィギィ

お爺ちゃんかお婆ちゃんか、何か心配をして来るんだろうと思ってると、と言っても真っ暗な物置に居る心細さもありますから自ら布団の中から出て扉の傍まで行きますと、ジーッとお婆さんなのかお爺さんなのか人が来るのを待っていますと、

トットットット

いよいよ足音が近づいてきて扉の前。
シュッと衣擦れの音が聴こえた。

「ケンちゃん」

「婆ちゃん?」

「寒くないかい?」

「大丈夫、寒くないよ。
 ねぇ婆ちゃん、なんで今夜はここで寝ないといけないの?」

「ケンちゃん、寒くないかい?」

「寒くないよ。
 婆ちゃん、出ちゃいけないの?」

「ケンちゃん、寒くないかい?」

変だ。
さっきから婆さんは同じフレーズをまるでテープレコーダーで繰り返すように話している。
この薄い扉の向こうにいるのは果たして自分が知っているお婆さんなのだろうか。
そんな不安がこみ上げて

「婆ちゃん?」

「ケンちゃん、寒くないかい?」

これはお婆ちゃんじゃないと思いましたから
「お婆ちゃん!」と大きな声をあげますと下の方から障子の開く音がする。
バタバタバタと音がしてドンドンドンと階段を上がってくる音がする。

「ケンちゃんどうしたの?
 何かあったの?」

「婆ちゃん、婆ちゃん今来た?」

「今来たって?
 今来たんだよ」

「さっき婆ちゃんが来て『ケンちゃん、寒くないかい?』って言った?」

「言ってないよ。
 どうしたの? 何かが来たの?」

「なんか来た!
 『ケンちゃん、寒くないかい?』って僕聞かれた」

「お前それで?」

「ううん、それだけ」

「ここ出なかった?」

「うん出てないよ」

「はぁ良かった、ケンちゃんもう少しだからね。
 お父さん」

お爺ちゃんとお婆ちゃんがどうやら入れ替わったようだ。

「ケン坊大丈夫か?」

「うん大丈夫。
 ねぇどうして僕はここで寝ないといけないの?」

「もう少しだけで朝になるから、もうちょっとの辛抱だ。
 ケン坊、仲良くしていたカズオを覚えているか?」

「うん覚えてる。
 カズオちゃん。
 でも今日居なかったよ」

「カズオはな、今年の春に死んだんだ」

「えっ」

カズオちゃんというのはこちらで仲良くしていたひとつ上の友達なんですが春に突然亡くなったと聴かされた。

「どうして?」

「あそこに家はなぁ、こっちに引っ越してまだ日も経ってないからなぁ。
 知らなかったんだろうけど可哀想なことをしたなぁ」

そうですね、とお婆ちゃんが相槌を打つ。

「カズオは今年の春に表から震えながら帰ってきて高い熱が出て、こんな田舎のことだからすぐに見てくれる医者もないし朝になったら病院に連れて行こうと思ってその晩はお父さんとお母さんはカズオを寝かせて朝を待つことにしたんだけどな。
 夜中になってカズオは突然身を起こすと『僕も行く』と大声を出してな、そのまま駆けていって窓を突き破って落っこちてな。
 首から血をいっぱい流して死んだんだ。

 落ち方が悪かったのかなぁ、体が地面を向いているんだけどもな、頭はすっかり空を向いていてねじけた首に上から落ちてきた窓ガラスの破片が突き刺さってな。
 血をいっぱい流して死んだんだ。

 妙なことはなかったかと父さん母さんに聞いてみたらな、カズオはお友達が家に来たって。
 親としてみれば熱に浮かされていると思ったんだろうな。
 でもあれは違うんだ。
 あれは“ことろ”だ」

「ことろ?」

「十歳に満たない子供ばかり狙うんだ。
 三つの質問をぶつけてくる。

 もう帰るのか?
 もっと遊ばないか?

 見初められるとな、お前んちに帰るって言って連れてくるんだ。
 信じてなかったんだろうけどな」

夢うつつのような話でした。
どうやら自分もそのことろという得体のしれないものに見初められて、どうやらこのことろの難を逃れるためにはそれを連れてきた晩に一晩窓のない部屋で外との接触を一切断って朝がくるのを待って、朝まで何もなければその難から逃れられるという妙な言い伝えがあるというところまで教えてくれた。

一体それが本当か否かと思っているうちに

「お父さん日が昇った!
 朝になった、朝になった!」

「朝になったか、良かった!」

ガラガラっと引き戸が開いて皺の中に目鼻がある、爺さん婆さんが顔をくちゃくちゃにしてボロボロと涙を流しながら
「あぁ助かった、ケンちゃん良かったね!」
と抱きしめられたという。

何のことか分からないながらも爺ちゃん婆ちゃんが涙を流していたので石井さんももらい泣きをしたという。
そんなことが昔にあったんだそうですが、ただ十年二十年と時を経るうちに、果たしてそんなことが現実にあったんだろうか?
自分が読んだことが色々と結びついてまるで自分の記憶のようになっているのではないかと思っていたそうです。

そうして石井さんは六十五歳になったその年の正月のことです。
娘さん夫婦がお孫さんの、当時三歳になったカイくんを連れて遊びに連れてきたことのことです。

夕食を済ませ、家族団らんでテレビを見ていた時に

「あら、カイ何処に行ったかしら?」

「どうした?」

「あれ、さっきまで居たんだけどうちの子何処に行ったかしら?」

見ると石井さんの書斎のドアが少し開いていたので

「あぁ俺の書斎に入って行っちゃったな。
 いい、いい。
 俺の部屋に居るみたいだから俺が呼んでくるよ」

立って行って石井さんが書斎のドアを開ける。
ベッドがあって書斎の机があって本棚があって、至って簡素なお部屋です。
そのベッドの枕元のところにカイくんがちょこんと壁の方を向いて、うんうんと何かと話をしている。

「カイお前真っ暗な部屋の中で何やってるんだそれ?」

声をかけてみるんですがカイくんは振り向きもしません。
壁に向かって、うん、ううんと。
妙だなと思った時です。

背後から「爺ちゃん」と呼びかけられた。
振り向くとそこにはキョトンとした顔でカイくんが後ろに居ます。
えっと思って再びベッドに目をやるとそこにもカイくんが居る。
カイくんが二人いる。

なんだこれはと思っていると、ベッドに座っていたカイくんがちょんと床に降りるとゆっくりとこちらを振り向く。
この振り向いてくる時にあろうことか小さなカイくんの首が伸びていく。
見上げておりますとついに首が天井のあたりまで立ち上った時、完全にくるりとこちらを振り向いた。
その時石井さんは愕然としたそうです。

天井にまもなく着こうとしているその顔はお孫さんのカイくんではない。
いつか死んだと聴かされたカズオちゃんの顔だったそうです。

よくよく見てみると首だと思っていたところには無数の見たこと無い子どもたちの顔が。
ハッとしているうちに見えなくなったんだそうです。

「いやあれは俺の記憶違いではなかったんだろうな。
 あれは確かに俺が小さい頃にそんなことがあったんだろうな。
 妖怪か何かだと思っていたんだけど、きっとそうではないんだ。

 元は何だったのかは分かんないけど、あれは小さくして亡くなった子どもたちがみんなが固まって
 『次はお前だよ、お前もこっちに来いよ』
 初めてあんなことがあって五十年経って、カズオはずっと俺の傍に居たのかなと思ってな」

よく二十歳になるまでに不思議な体験が無ければ生涯そういったことには出くわさないだろうと聴くことはありますが、いやいや決してそんなことはない。
自分で忘れているような遠い昔、何かに出くわしていれば二十歳を超えていようと妙なものに出くわすことがあるのでございます。

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