毒持つ人 - 住倉カオス

僕は夢を見ても殆どの場合は忘れてしまうんですけども、一個だけどうしても忘れられない夢がありまして。

どんな夢かと言うと僕が夜山道を走っている。
その山はギザギザのノコギリのような山なんですけど、その山が迫ってくるんです。
何かに追われるように細い一本道を走っているんです。
その先には水たまりがあるんです。

そこまでたどり着くとその水たまりの中に人間の腕の太さくらいの狐の胎児。
お腹の中からグッとそのまま取り出したような白いヌメッとした狐の胎児がいてそれが腰から上が二つに分かれていて頭が二つあるんです。
シャム双生児のような感じですよね。
そしてその顔には目が無いんです。

僕が水たまりだと思っていたところは血溜まりで、その中にその狐のようなものが蠢いていて、僕がそれを見るとそれがキッとコチラを見て、シャーっと言うんです。
そこで目が覚めるんですけどすごく気持ちが悪くて冷や汗をびっしょりとかいていて、その夢が忘れられないんですよ。
その夢が忘れられないと同時にその夢を見た前の晩の出来事も忘れられないんです。

何があったかと言うと、僕の知り合いにテレビのコーディネーターの人がいるんですけど。
ある企業でお祓いをするからそれを見に来ないかというお誘いがあったんです。

それはITの結構大きな会社なんです。
ただそこのある部署では鬱病になった人が七八人出て、内臓に疾患が出た人も四五人いると。
それで次から次に人が辞めてしまうからお祓いをすることになったと言うんです。
それで結構霊能力が強くて有名な先生を呼んだと言うんです。

それで僕は勿論是非取材させてもらいたいということで当日に行ったらそこの会社の受付に行っても待ち合わせたコーディネーターの人が居ないんです。
そしたら電話もかかってきて

「ごめん今日いけなくなっちゃった。
 松本さんに頼んであるから」

と言って電話を切られてしまったんです。

(あぁこの人またか、いい加減な人だな。
 松本さんって誰なんだよ)

と思いながら受付に「今日お祓いの件で」と伝えると控室のようなところに案内されたんです。
その建物というのは壁の色が黒くて十六階建てのサイコロのような大きな真四角な建物なんですよ。
それで小さなポツポツとした窓があって、これは多分階段のところに付いている窓なんでしょうね。
とにかく窓が少ない建物なんです。

わぁすごい建物だなと思いながら控室のドアを開けるとその控室はビルの八階くらいにあったと思うんですけども、そこに巫女さんの格好をして烏帽子を頭につけて髪の毛を姫カットにしているすごく綺麗な方がいらっしゃって。
この方がお祓いをするんだろうなという如何にもな方がいらっしゃったんです。

それで僕は「誰々さんに紹介されたんですけど」と声をかけると、横に立っていた男性がおそらく松本さんなんですけど松本さんはどうやらマネージャーらしいんです、霊能力のある方の。
松本さんは四十歳くらいで、白いストライプの入ったちょっといかつ目の格好をしているんです。
体も鍛えていて色も黒くてね、圧も強い人なんです。
そしてお坊さんがよく掛けている紐状の袈裟、輪袈裟って言うんですかね、それを掛けているんです。

それで事情を説明して話をしていると

「ここはセキュリティが厳しいところだから、我々のスタッフということにしてください。
 取材だということは絶対に話さないでほしい」

と言われたんです。

「カメラも記録用だとしてください」

そうこうしているうちに会社の人が呼びに来たんです。
それで現場は一個上の九階のようなんです。

非常階段を使って上に上がっていくんですけど驚いたのが僕たちが通っていくと蛍光灯がパンパンパンパンと消えていくんですよ。
それで僕らが通り過ぎるとまたパパパパと点いて。
それをカメラに収められなかったのはすごく悔しかったんですけど、とても驚きました。

九階に案内してもらうと、九階はワンフロアでとても大きくなっているんです。
イメージとしては体育館くらいある感じです。
それで壁は真っ白で窓は全然無くて。
中で大型コンピュータが動いている。
そんな広い部屋に人は少なくてまばらなんです。

聞くと人は三十人くらいいるんですけど、十人ずつくらいで三交代制でずっとコンピュータを見ているそうなんです。
そういう風なのを見ていて僕は(これはお祓いじゃなくても鬱病になりそうだな)と正直思ったんです。

それで「あそこです」と通された場所があったんですけどもそこには六個の机があってパソコンが並んでいるんです。
どうやらそこでみんな作業をするそうなんです。
ここで働いている人が立て続けに体調を崩すと。
ある時間帯の人でいうと十人中六人が鬱病になってしまって、他の時間でも二三人ずつ人が抜けてもうどうしようもないと。
それで大きな企業なんですけどお祓いをすることになったんです。

それでお祓いが始まるんですけど、巫女さんの格好をした人を仮に紫さんとしておきましょう。
紫さんが錫杖の鈴をシャンシャンとやっているんです。
それで祝詞みたいなものを上げたりしている。

僕は少し離れたところから見ていたんですけど、あれ目がおかしくなったのかなと思ったんです。
その机の上の天井が下から引っ張っているように重力がかかって歪んできたように見えたんです。
蛍光灯も部屋全体で同じように点いているんですけどもその部分だけが暗く見えたんです。
目を凝らしてみると変わりないんですけども、やっぱり重力がかかったようにそこだけ不思議な感じに見えるんです。

ビデオカメラで見るとなんてことはないんです。
本当に周りの風景と何も変わらないんです。
目の錯覚かなと思って見てみるとやっぱりそういう風に見えるんです。

紫さんはしばらく祝詞を上げていたんですけども「理由が分かりました」と言うんです。
「裏鬼門が詰まっている」と言うんです。

そして建物の外に出て、南東かな、裏鬼門の方に行って垣根があったのでそこに御幣を刺して、また祝詞を上げ始めたんです。
そこでそうこうしているうちにトータル一時間くらいなんですけど終わりまして、僕らはまた控室に戻ったんです。

「これで大丈夫なんですか?」と聞くと、「はいこれで大丈夫です」と。

それで松本さんに僕が紫さんに少しインタビューさせてもらえませんかと聞くと、松本さんが
「紫さんは今日は疲れているので無理です。
 また日を改めてほしい」と。

そうこうしているうちにその会社の人が来てお礼に松本さんに渡しているんです。
見たら結構分厚い封筒で、ゴツいなと思ったんです。

それでその日は終わることになったんですけど、その会社の近くに知り合いが事務所を開いていたのでその人とご飯を食べてその日の話なんかを少しして色々と話し込んでいたら夜中になっていたんですよね。
もう十二時を越えて一時くらいになっていたのかな。

その日僕は原付で現場に来ていてそのビルの目の前が図書館になっていたのでそこの駐輪場に原付を停めていたんです。
バイクを出そうとしていると人影が見えた。

(あれ、松本さんかな)
さっき別れたはずの。

こんな時間まで何をしていたんだろうと思っていたんですけど、服装はスーツではなく上に黒いジャンパーを羽織っていて手にはデパートの紙袋を持っているんです。
何をしているんだろうと遠目から見ているとさっきの裏鬼門のところに行ってしゃがみ込んで何かをやっているんです。
しばらく、二分くらいすると松本さんは去っていったんですけど僕はなんだか見つかってはまずい気がして声をかけなかったんです。

彼が立ち去ってから僕は三十分くらいバイクに座っていたんです。
それでもう戻らないだろうなと思ってからその垣根に行ってみたんです。
何をやっていたんだろうと思って見てみると、地面を掘り返した跡があってコンビニの袋があったので袋でそこを掘り返してみたんです。
そうすると何かが手に当たるんですよ。

なんだろうなと思ってそれを引き上げてみると、ペットボトルなんです。
それは外国産のものなんでしょうか、口が広いペットボトルなんですけど、それが中でカサカサカサと何か音がするので僕はそれを手から落としてしまったんです。
地面に落ちたそれを見て本当に驚きました。

そのペットボトルの中で数え切れないくらいのムカデが動いているんです。
赤黒いムカデがワサワサワサと蠢いているんです。
よく見ると他の虫の死骸もたくさん入っていて、ゴキブリか何かなのか、甲虫の死骸やイモリなのかヤモリなのかそれの半分千切れたものなんかもいるんです。

ペットボトルを見てみるとキャップのところに空気穴のようなものがいくつか開いていて、それをそのまま地面に置くことは出来なかったのでコンビニの袋にそれを入れて植え込みの中に投げ入れたんです。
その対応が良かったのか分からないですけどそうして見た瞬間に思ったんですけど、それはコドクだなと思ったんです。
コドクというのは虫を三つ書いて下に皿と書いて、それにドクは普通の毒ですよね。
巫術だと言ったりもするんですけど中国古来の呪いの儀式で、蠱毒は日本にも伝わっていたんでしょうけども中国でも日本でも当時の朝廷だったりが蠱毒を使うことを禁じていたんです。

例えば色々な蠱毒があるんですけども地面の真ん中に穴を掘ってそこに犬を埋めて首だけを出しておいてちょうど届かない距離に餌を置いておいて、犬はヨダレをダラダラ垂らしながら死んでいくんですけど、その死体を使って呪いをかけるだとか、あとは大きなツボにたくさんの毒虫を入れて大小様々なものを入れるんです。
そうすると大きいのが小さいのをどんどん食べていって最後に残った一匹の毒を使って呪いを作る。
そういったものを蠱毒と言うんです。

僕はそれを見た時に間違いないなと思ったんです。
実際のところは分からないですけど間違いないなと思ったんです。

それでその場からは立ち去ってしまったんですけども半年もしないうちにその会社は無くなってしまいました。
今でも建物は残っているんですけども壁を塗り替えて違う会社が入っています。

その後霊能力者の紫さんの話はぱっと聴かなくなりました。
もう辞めてしまったのか何処へ行ったのかも分からない。
だけど仮名ですけど松本さんだけはある地方で飲食店を経営していてある議員の秘書をやって地元では名士で、僕は逆に松本さんが成功しているのがありがたいというか、有名であれば動向が伝わってくるじゃないですか。
そんなことを思ったりしています。

前の話へ

次の話へ