跡地- 村上ロック

僕は普段、六本木にある怪談ライブバースリラーナイトというお店に勤めておりまして、
そこは毎晩一時間に一回怪談話をするという変わったバーなんです。

ある時そのお店に、30代後半ですかね?男性のお客様が一人で来られたんです。
その時は僕が怪談をして、終わった後にその方の席にも「ありがとうございました」なんてお邪魔して話しをしていたら、
会話が盛り上がってきたんです。

「普段はどんなお仕事をされているんですか?」
「実は僕は小説を書いてるんです」

「へえ!小説家なんですね。どんな小説を書かれているんですか?」
「色々なジャンルを書いてきたんですけど、最近ホラー小説を書きはじめまして…それもあって、このお店がどんなことをやっているのか気になって、今日来てみたんです」

ホラー小説を書いているって聞いて、僕も気になったので、
「ご自身でも普段そういった体験をされているんですか?」
って聞いたんです。

「いやあ、普段僕はそういうのが全く無いんです。でも全く無いんですけど…たった1回だけ、変な体験をしてるんです…」そう言って、男性が話してくれた話なんです。


この男性はもう十数年小説を書き続けているそうなんですけど、なかなか難しい世界で、はじめのうちはなかなか芽がでなくて、長い間貧乏生活をしていたっていうんです。

それが数年前にようやく書いていたものが世間で売れ始めて、印税なんかも入ってきたそうで…(ようやく俺にも運が向いてきたな。そうだこれを機にこのボロアパートを離れて、少し良いところに引っ越そう)そう思った。

それでたくさんの物件を調べていたそうなんですけど、その中に一件すごく良い掘り出し物があった。そこは東京の豊島区椎名町にあって、新築で、一階の一部屋だけ空いているんです。そして家賃もとっても安い。

男性はその部屋がとても気に入って、荷物をまとめてその部屋に越すことにしたんです。
越してみると、新築ですから綺麗で設備もしっかりと整ってる。
今まで住んだボロのアパートとは雲泥の差なんです。

ただ住み始めて数日経った頃から、あることが気になりだした。

その部屋にはリビングがあって、その隣を寝室として使っているんですが、リビングと寝室のちょうど境目あたり。構造上なんでしょうが壁にガコッと凹みがあるんです。引っ越した当初、その凹みを何かに使えないかな?と考えた男性は、もともと使っていた何段かに仕切られたラックを置いたんです。置いてみるとサイズもピッタリで、男性はラックの段に小物なんかを並べておいた。

ただ越して数日経った頃から、夜リビングでテレビなんかを見ていると、ちょうどそのラックのあたりから、一瞬パチッと光が見える。

(あれ?今何か光ったよな?)
そう思ってラックを見に行くんですが、ラックの上には光を発しそうな電化製品は何一つ置いていないんです。

(おかしいな?でも今確かに何か光ったよな…)とは思うんですが、理由はわからない。
そうこうしているうちに、その光る頻度が日増しに増えていくんです。
それでしょっちゅうパチパチパチいうんです。

普通なら気になるんでしょうが、その男性はそういうのをあまり気にするタイプではなくて、(まあいっか。別に光っても何か問題があるわけでもないし)くらいに思って、放っておいたんです。

それからさらに数週間が経ったある日、男性は越してきたばかりで周辺のことを何も知らなかったものですから、昼間に近所の散策にでかけた。そうするとマンションの近くに一件の古い定食屋さんを見つけたんです。おそらくその土地で何十年もやっているんだろうなっていうお店です。

お店に入ってみると、そのお店は老夫婦二人がやっているんです。
定食を頼んでみると、安くてとっても美味しくて、男性はそれから頻繁にそのお店に通うようになった。

老夫婦のおばあちゃんのほうは、とってもお喋りが好きな方で、いくたびに色々なことを話しかけてきてくれる。

「お兄ちゃんさ、最近よく来てくれるよね?この近所の人?」
「そうなんです。僕そこのすぐ先にマンションが出来たでしょ?あそこに住んでるんです。」

そう答えたら、おばあちゃんがスッと真顔になったんです。

「あんた…あそこに住んでるの?そこの何階?」
「いや…僕はそこの1階ですけど…」

「あんたそれ大丈夫?何も知らないで住んでいるようだけど…あんたが住んでいるあのマンションの土地…あそこは50年近く更地だったのよ。あそこは昔大事件があった跡地なのよ?」

そう話すおばあちゃんの顔がいつもと違ってシリアスだったものですから、男性もなんだか怖くなってきて「ああ…僕もうそろそろ時間なんで行きますね」って、そそくさと会話を切り上げて店を出てしまったんです。

部屋に戻ってそのことはすぐに忘れてしまったんですが、それからさらに数日経ったある日。その日は男性の彼女さんが部屋に遊びに来ていて、二人で他愛もない会話をしていたんです。

話している時に男性はふとあのラックのことを思い出して、こう聞いたんです。

「そうだ。お前も何度もこの部屋遊びに来てるだろ?気づいてる?あのラックのあたりから光が見える時があるんだけどさ…」

「あんたまだ気づいていないの?わたしあれ何が光ってるか見ちゃったんだけど…」

「え?あれ何が光ってんの?」そう男性が聞くと、彼女さんが話してくれたんです。



数週間前にもその部屋に泊まりに来ていた彼女さんは、夜中にトイレに起きたそうなんです。用を済ませて寝室に戻ろうとしている時に、ちょうどラックの横を通りかかった。
そして自分がまさにラックの横を通り過ぎる瞬間、左側からパチっと光が見えた。

反射的にそちらのほうを見ると、もう一度パチっと光が見えた。
その瞬間、何が光を放っているのかハッキリと見たんです。

ラックの上から二段目。
狭いそのラックの段の中に、女の顔が横向きで入っているんです。
そしてその女の顔は、大げさがじゃなくて本当に真っ青なんです。
目は瞑ったまま、苦しそうに歯をくしばってる。

パチッパチッパチパチパチパチ…
光が何度も点滅して、その度に女の青白い顔が浮かび上がるんですけど、
女の目は閉じたままなんです。ただ口元だけが動いているんです。
声こそ聞こえないんですが、ただその口の動きで何を言っているかわかった。

「い や だ」
うわっと彼女さんが思った瞬間、それは消えた。

彼女さんはこの事を彼に話すか随分と迷ったそうなんです。
なんせ彼はこの部屋に住んでいるわけですからね。
でも結局気の毒で言えなかった。

男性はこの話しを聞いた時に、数週間前にあの定食屋のおばあちゃんに言われたことを思い出した。
そしてPCを開いて、自分の家の住所と「大事件」と入れて検索をしてみた。

一発で出てきた。
この男性が住んでいるマンションの土地って、帝銀事件の跡地なんです。

帝銀事件は1948年。まだ戦争が終わって3年後ですね。かつてその土地には帝国銀行という銀行がありまして、そこにある日の夕刻一人の男が入ってくる。「近くで赤痢が発生しました。大変危険ですので、皆さん予防薬を飲んで下さい」そう言いながら行員達に薬を配った。行員達はみんなそれを信じて薬を飲んだんですが、本当はその薬は青酸化合物だった。そして非常に残念なことなんですが、その場で12名の行員の方が亡くなったんです。
この事件の何が怖いかって、未だに未解決事件なんですよね。

ただこの事実を知った時にこの男性、(ああ俺の部屋では未だに亡くなった女性が苦しんでいるんだ)そう思ったそうなんです。もうそう思うと怖くて住んではいられない。

「俺だめだ…この部屋引っ越すわ」
そう言って彼女のほうを振り返った瞬間。

後ろに立っている彼女さん、首をカクンとするんです。
そしてそのまま、「い や だ」って言ったそうなんです。
その彼女さんの顔は、いつもの知っている彼女さんの顔ではなかった。

男性はすぐに別の部屋に越したそうなんですが、後日彼女さんとはうまくいかなくなってしまって結局別れてしまった。


この話しを僕は小説家の男性から聞かせてもらったんですが、僕はこの話しを聞いて一つおかしいなって思ったことがあったんです。

というのは、この男性は新築のマンションに越してきているんですよね?
なのに最初からこの部屋の家賃は安かったんです。

以前その部屋で誰かが亡くなったとか、いわくがあれば安くなるのはわかるんですけど、そうじゃない。このマンションは建った時から安いんです。東京の一等地ですよ?
おそらくこの土地にマンションを建てている時から、工事に携わった業者さんは何かを見ていたんじゃないかって思うんですよね。

なんなら50年更地だったって言いますけど、その間にも建物を建てようとしたことがあって、その度に業者さんは何かを見ていたんじゃないか、そんなことをふっと思わせるお話だったんです。

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