彷徨う霊 - 響洋平(DJ)

三年ほど前の話になるんですけども、私DJの仕事の話をいただいて中国の上海に行ったんですよ。
中国でのDJのイベントと上海で新しくDJスクールが出来るということでそこでレクチャーをすると。
そういったお仕事で行ったんですよ。

その時にイベントのスポンサーをやっていたデビットというイタリア人の男性が居たんです。
イベントの途中で私はデビットさんとバーカウンターの端っこで色々な話をしていたんです。
ついつい私は怪談の収集をしているのでデビットさんに話を聞いたんです。

「デビットさんは何か不思議な経験とかないですか?
 怖い話とかないですかね?」

たまに海外の方に怖い話はないですかと聞く機会があるんですけども、海外は日本と違って怪談という文化があまり無いんです。
それなので怖い話はないですか?と聞くと大概出てくるのは殺人鬼系のリアル怖い話。
それか完全なフィクションでゾンビの話とか悪魔の話とか。
そういったのしか出てこないんですよ。

ただデビットさんが私にしてくれた話というのはとても興味深い話だったんです。

デビットさんは今は三年くらい上海で過ごしているそうなんですが、その前は地元のイタリアで別の仕事をしていたそうです。
それで仕事の都合で地元からイタリアのある地方に転勤になったそうです。
それで引っ越しをしたんですね。

引越し先というのは木造の古い家で二階建ての家だったそうです。
引っ越しは全て終わって、そこでの生活が始まった。
デビットさんはその家の二階を寝室にしていたそうです。

その寝室の作りというのは真ん中あたりにベットがあって、そのベットの正面にその部屋に入る入口のドアがある。
その部屋の右隣には別の部屋があったんですが特に使うことはなかったので空き部屋にしていたそうです。
ただ寝室とその部屋を繋ぐ壁には直接行き来ができるようにドアがあったそうです。

そして寝室の逆側、左側の方にはバスルームがあって、そのバスルームの手前の壁には前の住人が残していったテーブルと椅子が置いてあったそうです。
海外では前の住人が荷物を残していくというのは結構一般的だそうなのでデビットさんも気にせずそれを使っていたそうです。

そこに引っ越して一ヶ月ほど経った頃。
デビットさんはその寝室で寝ていたんです。
その日はなかなか寝付けなくて布団の中で悶々としていたそうです。

夜の一時か二時くらい。
突然右隣の空き部屋からコツコツコツコツと足音が聴こえたそうです。
何だこれと思ってデビットさんは布団の中で固まったそうです。
その足音はまだ続きます。

コツコツコツコツ

ガチャ、キーといって扉が開いたそうです。
デビットさんはものすごく怖くなったんです。
それが幽霊だとしても怖いし、逆に強盗だとしても非常に恐ろしい。
もしも自分がここで起き上がったらなにか危害を加えられるかもしれない。
それなのでデビットさんは布団の中でどうしようかと必死に耐えていたんです。
するとその後も足音は続くんです。

コツコツコツコツ

その足音は寝室の中を右から左へとゆっくりと移動するんです。
そしてバスルームの手前でピタッと足音は止んだんです。

デビットさんは恐る恐る布団から顔を出して首を上げてバスルームの方を見たんです。
そしたら前の住人が残していったテーブルに女が壁を向いて座っているそうなんです。
デビットさんは怖くて目が話せなかったんです。

そしたらその女は壁を見てずっと座っていたんですが、ゆっくりと懐からタバコを取り出したんです。
そしてゆっくりとタバコを口に加えてライターの火をプッとつけたんです。
そしてタバコを吸い始めたんです。

何回か口に食わえてはタバコを離す、口に食わえてはタバコを離す。
そして頸をゆっくりとデビットさんの方に向けたんです。
そしてデビットさんと目が合ってしまったんです。
その女はその瞬間、首をグーッとこちらに向けて立ち上がって近づいてきたんです。

デビットさんはこの時点でこの人は生きている人じゃないと分かったそうです。
その女は目が充血していて、顔はげっそりと痩せている。紫色。
とても生きている人とは思えなかったんです。

デビットさんは布団を顔まで上げて布団の中で必死に堪えながら震えていたそうです。
その直後、寝ているデビットさんの右足をグッと誰かが掴むんです。
そして左足の膝をグッと掴まれるんです。
デビットさんは叫ぶことも出来ずに固まっていました。
その後右の太ももをガッと掴まれ、段々と上がっていくんです。

デビットさんが何も出来ずに布団の中で固まっていた直後、布団の上に誰かがズシッとのしかかったんです。
その瞬間デビットさんは意識がスーッと無くなってしまった。

次の日の朝、急いでその物件を紹介してくれた不動産屋さんに連絡したり、近所の人に聞いたりしてこの家で何があったのかを調べたそうです。
そうしたら近所の人が教えてくれたそうなんですが、デビットさんがこの家に引っ越す少し前、この家の住人だった中年の女性が何者かに殺害されて遺体がその家の地下に半年くらい放置されていた。
そういった事件があったそうです。

デビットさんは急いでその家を引っ越すことにしたそうです。
そんな話を上海で聴かせてもらいました。

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