消えた友人 - 響洋平(DJ)
ついこの間の三月の話なんですけども、私髪を切りに行ったんです。
行きつけの美容室があるんですけども、普段私は指名とかはしないんです。
空いてる方でお願いしますと言って頼んでしまうんですね。
その日私の髪を担当してくれたのがシンジさんという男の人だったんです。
年齢は26歳、非常に爽やかで好青年、そんな方だったんです。
髪を切ってもらいながら色々な世間話をしていました。
それで私、怪談を収拾しているのでついつい話のはずみで
「シンジさん、なにか不思議な体験とかしたことないんですか?」
と、聞いてしまったんです。
シンジさんは初めはメンを食らった様子だったんですけども、
「響さん、愛知県にあるK神社って知ってますか?」
と聞いてきたんです。
名前は伏せさせていただきますが、そのKという神社はとても有名な心霊スポットなんです。
私は知っていたので「あー聞いたことがあります」と答えたんです。
そしたらシンジさんが
「実は昔そこでめちゃくちゃ怖い体験をしたことがあるんです」
と言って自分の体験談を話してくれたんです。
今からになるともう十年ほど前になるんですが、シンジさんが高校生の時にいつも遊んでいる仲間が二人いたそうなんです。
仮にその二人をAくんとBくんとさせてください。
夏休みが終わった九月。
とある週末、その三人で心霊スポットに行こうという話になったんです。
それで行った場所が先ほどお話したK神社だったんです。
当時シンジさんはバイクを持っていたんです。
友達のAくんもバイクを持っていたんです。
ただBくんはバイクを持っていなかったのでどちらかのバイクに乗せてもらって心霊スポットに向かったんです。
夜に街を出てバイクで30分から1時間、現地の神社に着いたのは24時前後。
その神社に私は行ったことはないんですけども、色々調べてみると山間の街の麓にある神社で山の斜面に沿って長い石段があるんです。
その石段を五分から十分かけて登り、その先に神社があるといったロケーションなです。
シンジさん達三人は石段のところにバイクを停めてその石段を登ってやっと敷地の入口、鳥居のところまでやってきたんです。
それでいよいよ心霊スポットを見て回ろうと散策を始めたんです。
二十分から三十分、そのエリアを見て回ったそうです。
そして元の入口の鳥居のところに戻ってきたそうなんですが、三人が三人とも同じことを思ったそうです。
全然怖くないな。
三人は拍子抜けしてしまったんですよ。
有名な心霊スポットなので何か刺激的な体験ができるだろうと思っていたのですが、何もなかったんです。
それで三人は
「どうしようか、このまま帰る?
でも何も怖い体験してないよな」
と話していたんです。
そしたら友達の一人のBくんがボソッと言ったんです。
「これは三人だから怖くないんじゃないか?
きっと一人ひとり行ったら怖い体験ができる」
それを聴いた二人はなるほどなるほどと。
そしたらここで三人バラけて一人ずつ敷地の中を見てこよう。
時間を決めてまた鳥居のところに戻ってきて三人が何を見たか話を合わせようと。
それでシンジさんも一人で敷地の中を見て回ったそうです。
流石に一人で歩いていたら怖かったとシンジさんは言っていました。
神社と言っても山の中なんですよね。
街灯も一切ない。
頼りになるのは自分が持っている懐中電灯だけ。
怖かったのは怖かったんですけど、何も不思議なことはなく、時間になったので待ち合わせの鳥居のところまで戻ったんです。
そしたらそこには先にAくんが居たそうです。
それでAくんと「おいどうだった」という話をしたんです。
Aくんも
「流石に一人だと怖かったな。
でも特段怖いことも不思議なことも無かったけどね」
そんな会話をしたそうです。
二人はBくんが帰ってくるのを待っていたそうです。
ところがBくんは十分経っても二十分経っても帰ってこないんです。
流石に心配になってきた二人はBくんを探しにまた敷地の中に入ることにしたんです。
二人は隅々まで敷地の中を探し回ったそうなんですけども、Bくんは何処にも居ないんです。
そしていよいよ敷地の一番奥にあるお社のところまで二人はたどり着いたそうなんです。
その社のあるエリアに足を踏み入れたその時、真っ暗な闇の中から
バタッバタッバタッバタッ
という音が聴こえたんです。
思わず二人が顔を見合わせたんです。
「おい聴こえたか」
「うん聴こえた」
シンジさんは音の方向に向かって持っていた懐中電灯をスーッと照らしたんです。
暗い中、まあるい懐中電灯の光がスーッと動いて音のする先、そこはちょうど社のあたりだったんですけども、社を照らし出したんです。
その瞬間二人はウワっと声を出してしまったそうです。
その神社の社には扉が一つあったそうなんですが、その前にボロボロの賽銭箱があったんです。
その賽銭箱の周りをBくんが四つん這いになって、まるで犬のように回っているんです。
その異様な光景を見て二人はびっくりして、Bくんに「おいお前何してるんだよ!」と言ったんです。
でもBくんはその声に反応せず、その賽銭箱の周りをぐるぐると犬のように回っているんです。
二人は急いでBくんのところに駆け寄って「おいお前何してるんだよ」と言って止めさせようとするんですが、Bくんは無表情のまますごい力で二人を振りほどいてなおもぐるぐると回り続けているんです。
シンジさんはこれは只事ではないと思ってあたりを見回すと、神社の手水場(ちょうずば)、水が出ているところがあったので、近くにあった水でそこで水をくんで、そしてその水を思いっきりBくんにかけたんです。
そしたらそこでBくんの動きが止まってそのまま床に倒れ込んだんです。
二人が駆け寄るとBくんが両手を出してガタガタガタガタと震えているんです。
震えながら「寒い寒い寒い」と言っているんです。
シンジさんとAくんは急いでBくんを両方から抱えるようにして石段を降りてなんとか麓のバイクがあるところまで戻ってきたんです。
その頃にはBくんも回復したのか会話ができるようになっていたんです。
それでシンジさんは聞いたんだそうです。
「お前何があったんだよ」
そしたらBくんが
「分からない、分からないんだよ。
全然覚えていないんだ」
Bくんは記憶が一切ないと言うんです。
それで三人は心底怖くなって「今日は帰ろう」ということになったんです。
ただ何となくそのまま家に帰るのは怖かったのでその日はそのままAくんの家に遊びに行こうということになったんです。
帰りはBくんをシンジさんのバイクに乗せてAくんの家に向かったんです。
途中でコンビニに寄ってお菓子や飲み物を買ってやっとAくんの家に帰ってきたんです。
時間にすると朝の四時か五時くらい。
Aくんは実家ぐらしで二階に自分の部屋があったんです。
三人はAくんの部屋に行っておしゃべりを始めたんです。
その頃にはBくんもすっかり元気になっていて三人でおしゃべりをしたそうです。
当時のシンジさんの携帯電話には動画を撮影する機能があったので三人で動画を撮り合いっこしたりしながら楽しく遊んでいたそうです。
そうしているうちに朝もしらみがかっていて、三人も疲れていたのでそのままAくんの部屋の床で寝たそうです。
シンジさんも床で寝ていたそうなんですが、どれくらい経った頃でしょう。
「おいおい起きろよ」
とAくんに起こされたそうです。
シンジさんが「何?」と聞くとAくんが
「Bのやつが居ないんだけど」
と言うんだそうです。
シンジさんが
「え、もう帰ったんじゃないの?」
と言うとAくんが「それはないと思う」と言うんです。
AくんはBくんのことを家まで送っていく約束をしていたそうなんですね。
仕方がないのでシンジさんは起きてBくんを探すことにしたんです。
当然Aくんの家の中には居なくて、Aくんの家の近所も探してみた。
朝の九時くらいと言ってましたけども、ひとしきり探してもBくんは見つからなかったそうです。
ついに二人はBくんの実家まで行ったんです。
そしてBくんの家の呼び鈴を鳴らすと、Bくんのお母さんが出てきたそうです。
「すみません、Bくんは帰ってますか?」
お母さんは
「いや、昨日の夜に出かけたっきり戻ってないわよ」
と言うんです。
いよいよその時点でやばいなということになってシンジくんとAくんはそのまま交番に行ったそうです。
そして交番のおまわりさんにBくんが居なくなったことを伝えたそうです。
おまわりさんには色々聞かれたそうですが昨日何があったかも含めすべて正直に話したそうです。
Kという神社に肝試しに行ったこと。
Bくんがおかしくなったこと。
そしてAくんの家に三人で行ったこと。
寝て起きたらBくんが居なくなっていたこと。
すべて話をしたんです。
そのおまわりさんから「分かりました、こちらでも捜索をして進展があればご連絡します」と言われたので二人はその日家に帰ったそうです。
それで事件が起きたのは実はこの後からなんです。
シンジさんとAくんは家で過ごしていたそうなんですが、昼過ぎに警察から電話が入ったそうです。
何処何処の警察署まで今から来てくださいという内容だったそうです。
シンジさんは急いで準備をしてその警察署に行ったそうです。
そしたらAくんもその警察署に呼び出されていたそうです。
警察署に着いてからはAくんとシンジさんは別々の部屋に通されたそうです。
案内されたのは小さいテーブルがある狭い部屋で如何にも取調室という部屋でした。
そうすると警察官が二人入ってきて、一人は知らない人、もう一人は昨日交番で会った人だったそうです。
「一昨日の夜お前らが何をしていたかきちんと聴かせてくれ」
と言うんです。
その警察官の方はすごく高圧的な態度だったそうです。
シンジさんはとりあえず聞かれるがまま素直に答えたそうです。
一昨日の夜肝試しに行ってBのやつが途中でおかしくなってと普通にシンジさんが話したそうなんですが、途中途中で警察官の方がすごく高圧的なんだそうです。
「お前本当のことを言ってるんだろうな、嘘じゃね―だろうな」
そう言ってくるんです。
シンジさんは怒るというよりも萎縮してしまって
「本当なんです、信じてください、本当なんです。
俺たちはBのやつがおかしくなったからBを担いで帰ったんです。
本当なんです」
そうやって話を続けるんですが、相変わらず警察官の方は信じてくれないんです。
「お前嘘付いてるだろ。
子供といったって法律は法律だからな。
正直に言ったほうが良いんだぞ」
「俺達は本当に帰ったんです。
そしてAの家でおしゃべりをしていたんです」
そう言うと警察の人は机をドンと叩いて、
「嘘言うなよ、もうその時間にはBくんは死んでんだよ」
そう言ったんです。
それを聞いてシンジさんはびっくりしたんです。
そして「それはどういうことですか?」と聞くと、警察は届け出を受けてから当然Bくんを探したんだそうです。
そうするとK神社の賽銭箱の横でBくんが亡くなっていたそうなんです。
それで詳しい検死の結果というのは出てないんですが、死亡推定時刻は夜中の二時なんです。
つまりシンジさんたちが、Bくんが四つん這いになって賽銭箱の周りをぐるぐる回っているのを見た時間。
それくらいの時間にBくんは死んでいるんです。
それを聞いてシンジさんは頭が真っ白ですよね。
自分が見たBくんは誰だったんだろう。
死んでたはずはない。
そう思って必死に警察官に伝えるんです。
「絶対に嘘じゃないんです。
俺たちはBと話をしていたんです」
その話をしながらシンジさんは思い出したんです。
自分の携帯電話の動画にBくんが映っている。
「そういや俺の携帯電話にあいつの動画が残っています」
警察官に動画を見せたんです。
その動画をシンジさんも見たそうなんですが、それを見てシンジさんはびっくりしたそうです。
その動画にはAくんの部屋が映っていて、楽しく喋っているAくんが映っている。
その隣にBくんが居たそうなんですが、そこには誰も映っていなかったんです。
誰も居ない空間に向かってAくんが楽しそうに話をしている。
そんな動画が携帯電話にしっかり映っているんです。
こんなことがあるはずがない。
シンジさんは自分の手が震えていることが分かったそうです。
警察の人たちはその動画を見て「お前たち嘘をついてるだろ」と最初そう言っていたんですが、その警察官は「えっ」と言って顔をしかめたんだそうです。
「ちょっと、もう一度再生してくれないか」
シンジさんは言われるがままに再度動画を再生したそうです。
Aくんが居て、誰も居ない空間がある。
その空間の後ろに壁が見えていて掛け時計がかかっている。
その時計の針が逆向きにぐるぐると回っていたそうです。
それを見て警察官は少し首を傾げたんです。
「この動画おかしいな、ちょっとこの動画預からせてくれ」
そう言ってその携帯は没収されたそうです。
その日はもう夜になっていたので供述調書の作成は一旦終わって二人は家に帰っていいということになったんです。
その次の日また警察署から電話が入ったんです。
シンジさんはまた警察署に行ったんです。
そしたら警察官の態度が昨日とはちょっと違ったそうです。
少し物腰が柔らかくなっているんです。
またシンジさんとAくんは別々の部屋に案内された。
とても物腰の柔らかい感じで「大変お手数ですが再度K神社に行ったときの話をしてもらっていいですか?」と言われたんです。
何回も話していたので少しうんざりはしながらも丁寧に話をしたそうです。
ひとしきり話し終わった後に警察官の方がこう言ったそうです。
「分かりました。
あなた達の供述は一旦ここで控えさせていただきます。
Bさんの死因が分かりました。
死亡推定時刻は午前二時だったんですが、外傷の跡が一切見つからないんです。
暴行されると内出血や痣が必ず残るんですがBくんの遺体には一切その跡がありませんでした」
死因は完全に心臓麻痺だったそうです。
シンジさんとAくんが暴行をした証拠が何も見つからなかったんです。
「我々はあなた達が立ち寄ったというコンビニの防犯カメラも確認しました。
確かにあなた達が防犯カメラに映っていたのは確認できました。
ただ当然ながらBくんはそのカメラには映っていませんでした。
ただBくんは居ないんですが、あたかもBくんがそこに居たかのようにあなたとAさんが話をしている様子が確認できました。
つまりあなたとAさんが、Bさんがそこに居たと思いこんでいたのは確認できたんです」
そういうことを言われたんだそうです。
結果その日はそれだけで供述調書の作成は終わり開放されました。
ただシンジさんとしてはそんなことがあって頭の中が混乱していたそうです。
間違いなくBくんと朝方まで居たし会話もしている。
Bくんが死んでいたなんて到底信じられない。
ただそんなことを思いながらも何となく日々を過ごしていたんですが、ちょうどその事があって一年後くらい。
しばらくAくんとは疎遠になっていたものの久しぶりに連絡を取る機会があったそうです。
Aくんと話をしているとAくんが
「あのさ変なことを言うんだけどさ、ちょうど一週間くらい前から俺の右の膝のところに変な痣ができたんだ」
シンジさんがどんな痣かと聞くと、どうも人のような形をしていると言うんです。
シンジさんも気持ち悪いなと思ったんですけども、「とりあえず気にするなよ」と言ってAくんを宥めてその日は電話を切ったそうです。
ところがAくんはその後すぐバイクで高速道路を走っている時に何故か中央分離帯に激突して右足を切断してしまうというとても大きな事故を起こしたそうです。
幸いにも命をとりとめたもののAくんは未だに義足で生活しているそうです。
ちょうどその後シンジさんもバイクで右足を大怪我してそして右の肺がほとんど潰れてしまう、そんな大怪我をしたそうです。
シンジさんも幸い一命はとりとめたそうですが直感的にこれはK神社に行ったからだと思ったそうです。
そんな話をシンジさんは僕にしてくれたんですが、話し終わった後にちょっと悲しそうな顔をしてこう言ったんです。
「響さん、俺たまに地元に帰るんですけど、亡くなったBくんのご両親から俺はいまだに人殺しだって言われるんです。
息子を亡くした両親からしたら当然辛い出来事だというのは分かるんですが、まあやっぱり辛いですよね」
そう言って私に語ってくれました。
シンジさんは二十歳くらいまでこのことが強烈なトラウマになっていたんですが、それで誰にも話せなかったそうです。
ただ二十歳を過ぎて時間が経って段々と気持ちが落ち着いてからはむしろこの自分が体験した異常な体験談を人に話したほうが何となく気持ちが楽になるようなそんな気がするんですと私に話してくれました。