光る目 - 村上ロック
のっけからぶっちゃけ話でなんなんですけども、怪談師という仕事をしているとお話の素材を探すのって結構大変なんですよ。 周りの友達や親戚に片っ端から声をかけてなにか怖い話は無いかと聞くんですけども、やっぱりそうそうあるもんではないですね。 それで僕、一時期本当に困ってしまってある時に実家に電話をかけたんです。 母親が電話に出たので「母さんなにか怖い話をしてくれないか」と言ったら母親がびっくりしてしまって。 息子が東京に出て頭がおかしくなったんじゃないかと母親は思ったそうです。 でお母さんが「どうしたの?」と言いますから「俺今怪談師というのをやってんだよ」と言うとようやく理解してくれまして。 「それだったらいい話があるよ」と聞かされた話です。 僕の母親は現在は退職しているんですけども、長い間保育園の園長をしていたんです。 今から四十年くらい前になるんですけども、北海道の片田舎で本当にこじんまりとした保育園を開きまして。 この保育園というのは0歳時から2歳時までの子供を預かっていたんです。 それで母がこの保育園を建てた同時期に真横に隣接する形で3才児から5才児を預かる保育園も建ったんです。 そちらはとても立派で建物も大きいですし、グランドがついていたり設備なんかもとてもしっかり整っているんです。 おそらくお子さんを預ける親御さんからしても2歳までは母の方、それ以降は隣に預けるといった形で非常に勝手が良かったんだと思います。 お互いの職員同士もとても仲が良いんです。 この保育園が建って10年後と言っていたので、今から30年ほど前の話になります。 その日夕方6時半を回って隣の保育園では殆どのお子さんがお家に帰って、まだお母さんのお迎えを待っている子が四人、職員も順々に帰っていきましてその時点で残っていたのがケイコ先生という二十代の若い先生ともう一人、ミネちゃん先生というお婆ちゃん先生の二人だけだったんです。 ミネちゃん先生が子どもたちに絵本なんかを読み聞かせている間に、若いケイコ先生は日報を書いたりですとか後片付けに追われてまして。 ケイコ先生は大方の仕事が片付いたので、最後の見回りとしてグランドに出たんです。 9月の初めの頃だったんですけども、なんせ北海道だったので日が沈むのも早くてあたりはだいぶ薄暗い。 そんな中でグランドで使いっぱなしになっているボールですとかオモチャなんかを一生懸命拾い集めている時に、このグラウンドの周りは鉄柵が囲っているんですけども、今立っているところから数メートル離れた鉄柵の向こうに視線を感じたのでふっと顔をあげると、鉄作の向こうに小学校低学年くらいの女の子が二人いて、こちらをじっと見ているんです。 「あら、あなた達どうしたの? この近所の子?」 そう聞くんですけども、二人は何も答えない。 一瞬卒園生かなとも思ったんですけども、顔にはまったく見覚えがない。 二人は似ていないので姉妹ではなさそうなんですが、ただこの二人どうにもチグハグな格好をしているんです。 一人は古めかしい上着に真新しいスカートを履いている。 もう一人の子も擦り切れたような上下のトレーナーによそ行きの靴を履いている。 それで何を聞いても答えないものですから、 「アンタ達もう暗くなってきたんだから帰りなさいね」 と言ってケイコ先生がその子達に背中を向けた瞬間に奇妙な服装にばっかり気を取られて何か一番大事なことを見落とした気がしたんです。 たった今見た二人のことを思い浮かべた時にあっと気がついたんです。 目、なんです。 目が普通の人間のそれではないのです。 白目の部分が何処にもなくって、眼球全体が真っ黒なんです。 え、何この子達と思ってフッと後ろを振り返った瞬間、女の子二人はケイコ先生の真後ろに立っているんです。 高さ二メートルほどある鉄柵を、わずか二三秒の間にどうやってすり抜けたのか分からない。 ただ感情の読み取れない目で下からケイコ先生をじっと見上げている。 本能的にこれは危険だと思ったわけですから、ケイコ先生はその場から離れようとフッと顔を上げた瞬間。 この保育園には出たところにすぐスロープがありまして。 そのスロープの上のところに5歳になるユカちゃんという女の子が、先生のことを追いかけてきたのか立っているんです。 ケイコ先生は「ユカちゃん早く中に入りなさい!」と叫ぶんですけども、ユカちゃんも女の子二人の異様さに気がついているのか、目をまん丸くして立ち尽くしているんです。 これはダメだと思ったのでケイコ先生はそこから二十メートルくらいダッシュで駆け抜けて、ユカちゃんをかっさらう形で玄関に入って、後ろ手に両開きの戸をガラガラガラと閉めようとするんですけども、閉まらない。 まさかと思って振り返ると、ガラス戸の向こうに女の子二人がそれぞれ両側から手をかけてグーッとこじ開けようとしているんです。 その力というのはとてもこの世のものとは思えないんです。 「ちょっとアンタ達何やってんのよ止めなさい!」 とケイコ先生が叫んでいる声で奥からミネちゃん先生と子どもたちがかけて来て、「どうしたの先生?」とみんな口々に言っています。 「お願いミネちゃん、ちょっと手伝って!」 それでようやく大人二人でガラス戸を閉じて、中の鍵をがちゃんとおろした瞬間、女の子二人は諦めたのか取っ手から手を離し、すっと直立をしている。 ガラス越しにその顔を見た時にその場に居た全員がアッと声を上げたそうなんです。 さっきまで真っ黒だった女の子たちの目が黄色いんです。 辺りはいつの間にか日が沈んだのか真っ暗になっていて、その中でその黄色い目だけが煌々と光っている。 と、突然。 バンッ!と女の子たちがガラス戸を叩き始めたんです。 「止めなさい!」と言うんですけども女の子たちは何度も叩き続けています。 このままではガラスが割られてしまうんじゃないかと思った時にこの外のスロープの横からユカちゃんのお母さんがお迎えにきちゃったんです。 「先生すみません遅くなりまして。 今到着しました」 もうこっちはそれどころじゃないんです。 「お母さん今来ないで! 早く逃げて!」 とこちらは叫んでいるんですけども、ユカちゃんのお母さんは状況を飲む込めていないのか、 「え、どうしたんですか? 何かあったんですか?」 終いには横にいる女の子二人に向かって「あなた達どうしたの?近所の子なの?」と話しかけだしたんです。 これはダメだとケイコ先生は思ったんです。 これは一度ガラス戸を開けて、ユカちゃんのお母さんを中に入れてしまおうと。 もしそれで女の子二人がついてきたとしても、こちらは大人が三人になるわけですから、何とか力を合わせて取り押さえようと思ったんです。 何とか子どもたちは守らなければいけない。 ケイコ先生はそう腹をくくって真ん中の鍵にすっと手を伸ばしたんです。 するとその時後ろに居た子どもたちが同時に声を揃えて 「ダメ! それユカちゃんのお母さんじゃない!」 エッと思ってケイコ先生が顔をあげると、ガラス戸の向こうのユカちゃんのお母さんが女の子と同じ目をしているんです。 そして一緒になってガラス戸を叩き出したんです。 あ、これはダメだと。 このままでは埒が明かないので一旦外に出ようという話になりまして。 先生二人がそれぞれ子どもたちを両脇に抱えて調理室にある勝手口から表に出たんです。 そしてそのまま僕の母が働いている保育園に駆け込みまして。 僕の母はちょうどその時独りで帰り支度をしていたんですけども、突然入口のドアが叩かれたのでびっくりした。 ガラガラっとドアを開けてみると、全員が真っ青な顔をして立っている。 「村上先生、ちょっと助けて!」 「やだ、あなた達どうしたの?」 そう話しかけるんですけども、みんな言葉にならないんです。 ただ一緒に連れている子どもたちの顔を見た時に、あ、これは普通じゃないと思ったそうなんです。 子どもたちも全員顔面蒼白で歯をガチガチと鳴らしているんですけども、誰一人泣いていないんです。 泣くことすら忘れている。 これは大変だと思って全員中に入れまして、まずはこれは外の様子を見なければと思ったので、母が閉めたカーテンをシャッと開けてみると、暗がりの中、隣の保育園の入口辺りに黄色く光る6つの目がジーッとこちらを見ていることに気がついたんです。 それを見た瞬間に母は直感で「狐だ」と言ったんです。 その途端に後ろに居たケイコ先生が顔を覆ったまま泣き出したんです。 ケイコ先生には思い当たるフシがあったそうなんです。 実はケイコ先生はその日の昼間に近くの河原に子供達を連れてお散歩に行ったんです。 と、五メートルくらい先の草むらの中から野生のキツネがヒュッと顔を出したんです。 子どもたちはそれを見て喜んで、「ワ~狐さんだぁ」と声を上げているんですけども、ケイコ先生は突然地面から石を拾い上げてそれを狐めがけて思いっきり投げつけたんです。 それがキツネの土手っ腹に見事命中して、ギャッと声を上げて狐は逃げ去ったんです。 ケイコ先生が何故そんなのことをしたかというと理由があって、当時野生のキツネからエキノコックスという寄生虫が見つかりまして。 これが水辺などから感染しやすい。 特に小さいお子様なんかは気を付けてくださいと指導を受けていたものですから、子どもたちに何かあってはいけないという咄嗟の判断からの行動だったんです。 それから十分くらいして闇の中に光る目はフッと消えていったそうなんですが、次の日にケイコ先生は近所の稲荷神社に出かけて、前の日にあった一部始終をそこの宮司さんに話したそうです。 と、その宮司さんから 「昔から狐や狸の類が人を騙すと言いますけども、あれは決して伝説や言い伝えばかりだとは言えないんですよ」 そう言われたんです。 ケイコ先生はその足で昨日狐を見た河原に行って、その草むらに手を合わせて、子どもたちを守るためとはいえ本当に申し訳ないことしました。と必死に謝ったそうなんです。 その日からその保育園には狐の目が現れることは無いそうなんですが、ただ僕この話を母親から聞かせてもらって気がついたことがあるんです。 僕の母は僕の子供の頃からテレビの怪奇特番をかけていると、とても嫌がる人だったんです。 「あんたまたそんなもの見てるの? もっとためになるものを見なさいよ」 だから僕は母がそういうものを全く信じていない人だと思っていたんです。 ただどうやらそうではなかったみたいですね。 実はこの一件があって以来、そういった類のものは本当に怖くて仕方なかったそうです。 人間の記憶の奥底を辿ってみますと、思いもよらない恐ろしい体験があったりするんだなぁとそんなことを思い知らされた出来事だったんです。






