残された男

私の知り合いに神戸でタクシーの運転手をしている奴がいるんです。
神戸っていいところだよね、海と山がくっついててさ。
高台から街を見下ろすと香港に負けないくらいの夜景が一望出来るんだよね。
だからカップルやちょっとイケたやつなんかは皆高台を目指すのよ。

ある夜、私の知り合いのタクシーの運転手が夜景スポットがある六甲台の展望台にアベックを乗せていってね、
その帰りに空車で山道を下っていったんです。
道端から若い男二人が飛び出してきたんだって。
見たところ大学生っぽい二人組でね、知り合いがドアを開けると息を切ってタクシーの中に飛び込んできてね
「どこでもいいから近くの警察に連れてってくれ!」って言うんだってさ。

二人共さっきまで走っていたみたいに肩で息をしている。
血の気のない顔はしているし、異様に興奮している。
二人の様子があまりに普通じゃないもんですから、知り合いの運転手は好奇心で聞いた。

「どないしたんですか?」

すると二人はてんでバラバラに喋りだした。
知り合いは二人が何を話しているのか全然分からなかった。
それでも辛抱強く聴いていると、どうやらこの二人が平田という友人をどこかに置いてきたらしい。

知り合いは二人に落ち着いて離すように言った。
二人は少しだけ落ち着いたようで、それぞれが北野と布勢と名乗った。
髪の毛を茶髪にした北野が代表して、今しがた経験した恐怖の体験を話し始めた。

その夜、大学の同級生の北野、平田、布勢の三人組は春の余韻に誘われて六甲山にドライブに着た。
北野の自慢の2ドアのスポーツカーで、運転席に北野、助席に布勢、後部座席に平田の位置で
三人は馬鹿話で盛り上がりながら車の少ない山道を走っていた。

そのうちに助席の布勢が前方に妙なものを見つけた。
最初は白いものが宙にぼーっと浮いているように見えた。
だんだん近づいてくるうちに、それは白いものではなく、白い服を着た二人連れの女であることが分かった。
北野たちはこんな山道を女性二人で歩いているのは変だなと思った。
車を女達に横付けし声をかけてみた。

「こんなところで何をしているの?」

男と喧嘩したって言う。
だから北野は、彼女たちがドライブの最中に男と喧嘩して山中に残されたと思った。
そこまで聞いてはいさよならというわけにはいかない。
それにちょっとかわいい女の子だったから、

「乗せてくよ。それにちょっとドライブもしない?」
と誘った。

女の子たちは喜んで後ろの席に乗り込んできた。
後ろに座っている平田の両脇に座ったもんだから、平田は両手に花状態。
北野がバックミラー越しに見ると、平田はニヤつきながらまんざらでもない顔をしている。
北野はそんな平田が少しうらやましくなった。
でも北野はじきに妙だと気づいた。

運転手している北野は後ろを見えない為、バックミラー越しに女の子と話をしている。
ところがミラーに映る女の子の白い服は大きなシミがベッタリとついている。
車内は薄暗いので断言は出来ないが、北野にはそれが血がこびりついているようにしか見えなかった。

北野は信号で止まった時に後ろを振り返って女の子たちを見てみたんだけど、ミラー越しに見たようなシミは無い。
北野はゾーッとしてきて、車を発進させた際にまたミラー越しに女の子たちを見た。
そうしたら女の子たちの顔が返り血を浴びたように汚れている。
北野はびっくり仰天して声が出なかった。

自分たちが乗せた女の子たちはどうやらこの世のものじゃないらしい。
北野はこのことを平野と布勢に教えようとしたが、女の子たちに気づかれないように教えるのはどうしていいか分からない。
はたと悩んでしまった。

そのうちに助席に座っていた布勢は、運転席に座る北野が急に怖い顔で黙りこんでバックミラーを覗きこんでいることに気づいた。
それで自分も何気なくバックミラーを覗きこんでみた。
そして布勢も北野と同じようにそのものを見てしまった。

北野と布勢はヤバイと思い、お互いに合図をし合った。
二人共このまま女の子たちと居ると良くないことが起こると感じたんでしょうね。
ただ、どうやってこのことを後ろの席に座る平田に教えるか。

そのうちに北野も布勢も恐怖心が大きくなってきて、自分たちが助かることしか考えられなくなってきた。
北野はいきなり道端へ車を停めた。
同時に北野と布勢は道路に飛び出した。

車は2ドアで、更に女の子に両端を挟まれている平田には車からすぐに降りることが出来ない。
北野と布勢は恐怖に負けて平田を見捨てたんだな。

北野と布勢は一目散に逃げた。

「おーい、どしたんやー!?」
平田の声が聴こえる。

でも北野たちは振り返る勇気もなく、一目散に坂道を駆け下りた。
それで知り合いのタクシーの運転手を捕まえたというわけだった。

知り合いの運転手は北野と布勢の話を半信半疑で聴きながら、一番近くの派出所へ乗り付けた。
二人はすぐに派出所の中へ走り込んだ。
タクシーの運転手はその平田という男がどうなったか興味があったんだけども、そんなコトのために勤務時間を潰すわけにはいかない。
そしてその日はそのまま仕事に戻った。

数日後に変な客を拾わなかったら、その話はそのまま消えてたんですよ。
六甲山頂に客を送り届けた帰りに、中年の男を拾った。
男はハイカーらしい服装をしていた。

中年男は話し好きらしい。

「タクシーの運転手って大変でしょう?
 こんな薄暗い道で、素性の分からない人を乗せるって怖くないですか?」

色々なことを聞いてくる。

(随分お喋り好きな客だなぁ・・・)

相槌で答えていると、中年男が

「この辺り、出るらしいですよ」

と意味深に言い出した。
知り合いは思わず「何が?」と聞いた。

「この前も出たらしいですよ。
 大学生の三人組が血まみれの二人組の幽霊を車に乗せたんだって」

知り合いはその話を聴きながら、これは数日前に乗せた大学生の話だとピンときた。
そして何だかドキドキしてきた。
中年男にその三人がどうなったか聴いた。

「2ドアの車だったから、運転手と助席に座った男は無事に逃げられたけど、
 後ろの席に座った男は女二人に両側から挟まれて逃げ出せなかったらしいよ」

ハイカーの男はまるで見てきたかのように説明した。

「ちなみに、逃げた男は半信半疑の警官を連れて車の停めた場所へ行ってみると、
 停めた車の中では、乗せた女二人は居なくなっており、後ろに乗っていた大学生はあらぬ方向を見ながら
 意味不明な言葉をブツブツと呟いていたらしい。
 気がおかしくなってしまったんだろうね」

ハイカーはそこまで教えてくれると、ニヤッと笑った。

「運転手さんも客はよく確かめてから乗せたほうがいいですよ。
 ちゃんと生きている人間か確かめてからね」

知り合いはその話を聴きながら、何だか鳥肌が立ってきて生きた心地がしなかったと言ってましたよ。

「やだなー、運転手さん。そんな疑り深そうな顔で見ないでよ。
 私はちゃんと生きているってば」

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