北川病院

中部地方にある食品卸売会社に、前日得意先の専務が遊びにやってきて、
上司たちと一杯やっちゃって車を置いてっちゃった。

で、この車を、食品卸売会社社員の後藤くんと太田くんの二人が、先方の会社まで届けに行った。
その帰りなんですが、二人が乗った軽ワゴン車が山あいの道に差し掛かると

運転していた後藤くんが、
「おい知ってるか。ここ少し行ったところに曰くつきの廃屋の別荘があるんだよ。
 どうせこれから帰ったって、会社に着いた頃にはみんなもう居ないだろうし、
 なぁ、ちょっと寄って行ってみないか」
と誘った。

太田くん「何それ、心霊スポット?」
後藤くん「あー、噂じゃさ、えらくおっかねぇところだという話だよ。
 いや、別荘というのは表向きの話でな、実際のところは頭の狂った病院長の一人息子を
 隔離するっていうことで、そこに監禁したって話だよ」


そういう話がまんざら嫌いじゃない太田くんは
「えー、そんな話前に誰かから聞いたことあんなぁ、面白そうだなぁ。行ってみようか」
っていう話で話がまとまった。

そこは市街地を見下ろす山の裾野をずっと走って行く道なんですが、
途中で枝分かれしていて細い登っていく坂道がある。
その道をどんどん進んでいくとやがてそこに、北川家私有地と書かれた立て札が倒れている。
どうやらここからはもう私有地らしい。

なおも十メートルほど進んでいくと錆びついた大きな門扉に突き当たった。
ここからはもう軽ワゴン車は入れないので二人は降りて門のところから中に入った。

そして鬱蒼と茂った夏草をかき分けながら進んでいくと、
やがてその草の向こうに北川家院長の別荘だったという廃屋が見えてきた。
埃をかぶった窓ガラスが、傾きかけた夏の日を背に、鈍く光って見える。
聴こえるのは蝉の鳴き声ばかりであって、他には何も聴こえない。
もう誰も長いこと訪れることがないままぽつんと一つ忘れ去られたように建っているわけだ。

それで二人はそこへ行って、
「さぁどこから入ろうか」

窓やら入り口やらを確かめながら建物に沿って歩いて行った。
裏手に回ると、裏手の戸が開いたので
「おいここ開くぞ」
と後藤くんが言うと、太田くんが来てドアを開けて先に入っちゃった。

それで後藤くんも後から入っていった。
中は既に薄暗い。
異臭が鼻を突いてくる。
辺りを見ながら二人が歩いて行くと、突然太田くんが早足になった。

早足になって太田くんが階段を駆け上がっていく。
「おいどうした?」と言いながら後藤くんも後を追っていった。

それで二階に上がった。
ふっと見るとその部屋には窓に鉄格子が嵌っている。
部屋の中央にはこちらに背を向けた太田くんが呆然と立ち尽くしている。
辺りを見ると壁も床も天井も燃えた跡がある。

「あぁここだ、ここだよ。
 この部屋に頭の狂ったという病院長の一人息子が幽閉されていたんだよ。
 それで自分で火を放って焼け死んだんだよ」
と後藤くんが言うと

太田くんが
「いやそれは違う。
 それはでっち上げられた話なんだ。
 真実はこうさ。

 北川家医院長の一人息子というのは神経症だった。
 ノイローゼのことだよ。
 たまにヒステリーを起こすことはあっても、精神そのものは崩壊してはいなかったんだ。
 それが両親の突然の事故死で鬱になったんだよ。
 愛する両親を一度に亡くしたんだ。
 誰だってそうなるだろ。
 資産家の病院長の突然の事故死。
 それであとに残されたのは財産と、神経症の一人息子だ。
 となるとこれに目をつけたのは、強欲な親類たちさ。
 財産目当てに結託して、悪の陰謀を巡らせたわけだ。

 まず叔父と叔母がこの一人息子の後見人になった。
 で、一人息子と関わりのある病院の関係者たちを、息子から全て排除した。
 そして鬱の治療という名目で薬を投与したわけだよ。
 息子の精神状態はますますバランスを失っていったわけだ。
 そうなってくると
 “病院長の一人息子が気がおかしくなった”
 “病院の跡継ぎが狂ってしまった”
 と吹聴して回ったわけだ。

 そうして世間から隔離するということで、別荘の二階に監禁したんだよ。
 で、やがて自分たちが財産の管理をするようになると
 息子が薬を飲んで意識もなく眠り込んでいるその隙を狙って部屋に火を放ったんだ。

 息子が気がついた時には周りは炎に取り巻かれている。
 薬を飲んでいて体の自由は効かないし、窓には鉄格子が嵌っている。
 逃げるに逃げられない。
 息子は生きたまま、苦しみもがいて焼かれて死んだんだよ。
 これは残酷な殺人だよ」

と言うと、聞いていた後藤くんの顔からみるみる血の気が引いていった。

太田くん「どうだ、この話怖いか?」
後藤くん「あぁ、怖いよ。お前何でそんな詳しく知っているんだよ。
 お前一体誰からその話を聞いたんだよ」
太田くん「この話か?これな、今ここへ来て俺が勝手に思いついた話を喋っただけだよ。
 俺のつくり話だよ。そんなに怖かったか?」
後藤くん「あぁ、怖いよ。怖いわけが他にもあるんだ。
 お前のその話な、俺もここに来て今全く同じことを考えていたんだよ」
太田くん「あぁ、おかしいんだよな。俺がこんな話出来るはずがないんだよ。
 まるで誰かに喋らされているような、そんな気がするんだよな。
 自分でも気味が悪いや」

太田くんは両手で頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

後藤くんが
「おい、ここを出よう。なんだかこのまま居るとまずいことになりそうな気がするんだ」
と言って太田君を急かしながら
「なぁ、この話、まだ続きがあるんだろ」
と聞くと、太田くんが頷いて

太田くん「あぁ、あるよ。お前が俺に“最後はどうなるんだ”って聴くんだろ」
後藤くん「おいよせよ。で、“最後はどうなるんだ”」
太田くん「分かっているんだろ。お前がとんでもないものを見てしまうのさ」

太田くんがふっと振り向くと、とたん

後藤くん「うわああああぁぁぁああぁああああ!」

振り向いた太田くんの顔は、凄まじく焼けただれた別人の顔だった。

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