女の子の忘れ物


番組の打ち合わせで、赤坂にあるテレビ局に行ったんです。

一階の奥に打ち合わせが出来るスペースがあるんですけど、そこの椅子に座って打ち合わせをしてましたら、
トントントントンって誰かに肩を叩かれたんですよ。

見たら、モト冬樹さんのお兄さんのエド山口さんなんですよね。

私、いつもこのエド山口さんの事を羨ましいなぁって思うんですよ。
というのも..我々というのはいつも仕事が軸にあって、その周りに自分の生活なり趣味があるわけですが、
あの方は違うんですよ。自分の生活が軸にあるんですよ。それで、趣味だとか色々なことが回りにある。
ああいうふうに出来たらいいなぁ..と前々から思っているんですよね。

そんなエド山口さんが、
「稲川さん、俺も結構あるよ!不思議な体験」って声をかけてきてくれて、
こっちも打ち合わせしていたんですけど少し中断させてもらって、
「その話、聞かせて」って言ったんですよ。

そこで彼が話してくれたお話なんですがね..

エド山口さんは非常に旅が好きな方でねぇ、そして釣りも好きなんですよ。
それで全国の色々な所へ行っている。

その時も、彼は車での一人旅を楽しんでいたそうですよ。
場所は定かじゃないんですが、日本海側のほうだったそうです。

山の上で趣味の釣りをやって、じゃあ今日は引き上げて街に泊まろうか..
という事で宿に連絡して部屋をとって。

それで宿へ向かって一人車で山道を走っていたそうです。
日はだんだんと傾いてくる。

しばらく車を走らせていたら、長い峠道に出たって言うんですよね。
そこを走っていく。町が向こうに見えてきている。

あぁもうすぐなんだなぁ..って思っていたら、その峠道の先の方に誰かがぽつんと立っている。

(あれ?なんでこんなとこに立っているんだろう?)

そこはバスも通らない、交通機関もない。
周りに車もないのに、誰かがぽつんと立っている。

不思議に思ったけど、彼はそのまま走っていった。だんだんだんだんと近づいていく。
すると若い女の子がぽつんと一人立っている。

(ぽつんと一人なんでこんなとこに立っているんだろうなぁ?)と思いながら車を近づけていって停めた。
「良かったら乗ってく?町まで行くんだけど」って声をかけたら、その子が「はい」と笑った。

それで車に乗ってきたんですよね。
聞いてみると中学二年生だって言うんですよ。
まぁ連れが出来たもんですから、色々話をしながら車を走らせていった。

やがて町に入ったんで「家まで送ってあげるよ。どのへん?」って聞いたら、
「こっちなんです」って言うんで、その指示通りに走っていった。

しばらくすると「ここでいいです」って女の子が言うから車を停めたんですね。
すると女の子がニコッと笑って「どうもありがとうございました」って挨拶して車を降りていった。

まぁ見るとは無しに見ていたら、女の子はトットットットって歩いて、家の方に入っていった。
(あ、あのうちの子なんだろうなぁ)と思ってね。

それで自分は車をかえして予約したホテルに向かったわけですよね。
駐車場で車を停めて、荷物を出してね、さぁと思って行こうとした瞬間。
見たら助席にね、小さなポシェットが落ちている。

あの子、忘れていっちゃったなぁ、弱ったなぁ住所もわかんないし、名前もわかんないしなぁ..
フロントに預けるわけにもいかないし..

女の子の家の場所はどうにか分かる。今行ったばかりですからね。
しょうがない、届けてあげようかということになって、また再び荷物を積んでね、
車を出してまた走っていった。

日はだいぶ傾いている。
確かこのへんだったよなぁ?って走っていって、なんとか家を見つけたんで車を停めた。
それでポシェットを持って門のところにあるチャイムを鳴らした。
「どうも、ごめんください」
「はーい」
「すみません、あの、忘れ物をお届けに上がったんですけども」

しばらくすると中年の女性が出てきたんで、
「あの、これお宅のお嬢さんのものだと思うんですけど。えぇ、先ほどお乗せしたんですけど、忘れ物ですよ?ほら、これお嬢さんの」

「はい、うちの子のですけど・・・」

その時エド山口はおかしいなと思ったの。

普通だったら、
「あぁ、これはもう大変ご丁寧にわざわざ!恐れ入ります、すみませんねぇ!ありがとうございます」
って言うのが普通ですよ。それが顔色が変わった。

「は・・・えぇ」

なんだ、変な母親だなぁ?って思ったっていうんですよね。

「いや、実は峠を通りかかった時にお嬢さんが居たんでお乗せしたわけですけどね?
 これを忘れていったんで届けに来たわけですよ」

「そうですか・・・ありがとうございます」
やっぱり態度がおかしい。なんなんだろうと思いながら帰りかけると、

その奥さんがね
「すみません、ちょっとよろしいですか・・・?もしよろしければうちの方にちょっと上がっていってくれないですか」

「えぇ、構いませんけども..」

とその奥さんが
「実はあの、うちの娘なんですけども・・・、二ヶ月前に亡くなったんです」って言った。

何を言うんだと思った。

「え?」

「二ヶ月前に亡くなったんです」

「だって、あの・・・乗っけてきたんですよ?お嬢さん」

「はい、じゃあどうぞ」

好奇心もある、嫌な感じもある。
結局奥さんの後をついていったって言うんですよ。

そして家に上がった。
「どうぞこちらですから」

襖を開けて部屋に案内された。

部屋に入った途端うわーっと思った。
仏壇があるその横に、祭壇のようなものが小さく置いてある。
そこに黒い縁の額に入って、あの女の子がこっちを見て笑っているんだ。

「え、あの..お嬢さんですよ!」

「えぇ・・・、二ヶ月前に亡くなったんです」

「だって私、今車でもって・・・!」

「あぁ、峠の・・・。実はあの峠でうちの娘は亡くなったんです」

それを聞いてうわっと思ったって言うんですよね。
何だか怖いというよりも、妙に優しい、妙に寂しい、そんな感じのするお話ですよねぇ。

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