県境のトンネル
東京と埼玉の県境に昭和30年代に造られたというトンネルなんですが、
今でも十分に通用するんですが、どういう訳か入り口に杭が打ってあってトラックも乗用車も入れない。
歩行者や自転車は入れるんですが、地元の人はここをいっさい通ろうとしないんですよね。
今近くには新しいトンネルが出来ているんで皆そっちを使う訳なんですが、
一体じゃあなんでこのトンネルを使わなくなったんだろう?ちょっと不思議に思ってた。
もともとこのトンネルというのは、埼玉県側で掘られたセメントを東京側に運ぶという、
トラック用のトンネルだったんですがね。
このトンネルが使われなくなったのには、ある訳があったんですね。
というのは、このトンネルをトラックが行き来しているそんな時代なんですが、
この土地の老人が一人このトンネルの中を歩いていたんですね。
東京側から埼玉県側にちょうど向かっていたんですね。
暗いトンネルの隅、小さな老人がトコトコ歩いていた。
と、東京側からトラックが入ってきた。
で、埼玉県側からもトラックは入ってきた。
狭いトンネルですからね、トラックとトラックはお互いの位置関係が気になる訳ですよ。
ヘッドライトをつけて、こちらからも行く、向こう側からもトラックが来る。
トラックがトンネルの中に入ると、エンジン音が周囲のコンクリートに反響するんですよね。
すごい音になるわけだ。それも二台ですからね。
お互いのトラックの運転手さんは、お互いのトラックが気になるもんですから、
お互いのトラックにばかり意識がいっているんですよね。
で、他に注意がまわらなかった。
と、気の毒に暗いトンネルの隅を歩いていた老人がトボトボ歩いているのが目に入らなかったんでしょうね。
それで、東京側からきたトラックがその老人をポーンと跳ね飛ばした。
で、気の毒にもその老人は、トラックとコンクリートの壁に挟まれた。
押し潰されるような格好になって、そのまま下に落っこちた訳だ。
悲鳴をあげたかもしれないし、助けを求めたかもしれないんですが、何しろトンネル内はすごい爆音ですからね。
エンジン音が轟いていて多分聞こえなかったんでしょうね..そのままお互いトラックは行っちゃった。
老人はそのまま闇の中。
後から次々とトラックはやってくるけど、誰も気が付かなかった。
発見された時には、この老人は全身ぐっしょりと血に濡れていたそうですよ。
その事があってからね、このトンネルに幽霊が出るっていう噂が流れるようになった。
で、そこを通るトラックの人はみんな怖くなったものだから、みんなトラックに御札を貼ったそうなんですがね。
それでも怖いというものですから、中には遠くに迂回してセメントを運ぶ人が随分多くなっちゃった。
まあ、そんな時なんですが、そんな噂も知らないトラックの運転手さんがやってきた訳だ。
トンネルへ続く一本道なんですが、両脇は山なんですよね。
ちょうど崖を削ったような暗い道。そこを走っていくと、前方に黒い口を開けたトンネルが見えてくるわけだ。
ヘッドライトがトンネルを照らしていく、そしてトラックがトンネルに飲み込まれていくと、
トラックのエンジン音が周囲のコンクリートに反響してすごい音をあげるわけだ。
(うああ..すごい音がするなあ..)と思いながら運転している。
すごい音がしているそのうちに、
「ヴぅぅぅ...」
って聞こえたものだから、(なんだ?)と思った。エンジン音じゃないんだ。妙な音がしているんだ。
なおも走っているうちに、エンジン音にまじって、
『ヴぅぁぁぁぁぁ..』って音がする。明らかに呻き声。
それが後ろから覆いかぶさってくるもんだから、早く逃げたいと思って必死に運転してる。
でもなおも『ヴぅぁぁぁぁぁ..』って呻き声は追ってくる。
すると、突然助手席側のドアが、ドンドンドン鳴り始めた。
何かにぶつかったのかな?と思ったけど違う。叩いている。
そんな訳はない。トンネルの中ですから。
ドンドンドンドンドンドン..叩いてる。
(うあああ..怖い..)
怖いと思って、アクセルを踏んで必死になって走ってる。
でもなおもドンドンドン、ドアを叩いてる。
見たい訳じゃないんですけどね、あまりにも音がするもんだから、
バックミラーに目がいっちゃった。
なんと助手席の扉、そこに全身血にぐっしょりと濡れた小さな老人がぶら下がってドアを叩いてる。
ドンドンドン..ドンドンドン..何か叫びながら。
(うあああああ...)
そのまま勢いでハンドル切って、そのままトンネルの壁に激突しちゃった。
その場所になんと、人の形をしたシミがあるんですよ。
地元の人がいうには、これは亡くなったおじいさんがトンネルの壁に挟まれた時に、
おじいさんの血で出来たシミなんだろう..って言うんですよね。
そして、この場所が紛れもなく、ご老人が亡くなった場所なんですよね。
で、このシミなんですがね、今でもちゃんとそこにあるんですよ。
ま、こんな事があったんで、新しいトンネルが造られたっていう話しですよね。
誰も通る事がない大きなトンネル。
それがそのまんま今でもあるんですよね。
いや、人の思いとか人の苦しさというのは怨念となって残るんでしょうかね..