隔離病棟の地下通路

仮にこの方の名前を秋山A子さんとしておきましょうかね。
もうだいぶ年配の方なんですけどね、この方がもう三十年ほど前ですかね。
関東にある大きな病院で看護婦さんとして勤務していた頃の話です。

当時は病院がどんどんと近代化していって新築、増築、改築を繰り返していた時期だったんです。
それで秋山さんの勤務している病院も新しく大きな建物を建てるということで、
当時秋山さんは看護婦寮にいたんですけども、一旦これを取り壊しまして、新たな建物を造るということなった。
その間に病院の広い敷地の隅にある傾斜地に建っている二階建ての広い古い建物、ここで生活することになったんです。
それで自分の他に五人の看護婦さんがここに入った。

部屋はそれぞれ個室なんです。
秋山さんの部屋はというと、二階に上がる階段のその調度片割れにある部屋。
ところがこの部屋になって生活するようになってから、何だかおかしなことが起こるようになった。

というのは勤務が終わって帰ってくるともう遅い時間。
さぁ寝ようと思って、明かりを消してベットに入る。
と、人の気配がするんですよね。

(あれ、なんだろう。
 気のせいかな?)

そう思っていると確かに誰かの足音がして、誰かが出て行くと言うんです。
気にはなっていたんですが、気のせいかなと思っていたと言うんです。

と、ある日の夜。
今度はバタンとドアの開く音がして、誰かが部屋に入ってくる気配がする。

(同僚の看護婦さんかな?)

起き上がって「はい、何?」と声を掛けると、そこには誰もいないんです。
寝ていると時々床の下、ベットの下からカラカラと音がする。
これはストレッチャーの音ですよね。
要するに患者さんを運ぶ時に使うベットの下に車輪が付いているやつです。
それがカラカラと動くような音がするって言うんですよね。
古い建物で配管の関係もあるんでしょうが、それでそんな音が聴こえるのかなと彼女は思っていた。

そんなことがあってからひと月ほどして、この看護婦寮に住んでいる看護婦の一人が忽然と姿を消した。
それはまさに忽然という感じだったんです。
というのも、部屋には彼女の服から何から、きちんと揃っている。
彼女が普段持っていたもの、身につけていたものは全て部屋にある。
彼女だけが消えてしまった。
これはおかしいということで手分けして探したんですが、とうとう行方は分からない。
警察にもお願いをしたわけだ。
でもそれでも行方は分からない。

そして警察はこれは家出人の蒸発、まぁ早い話が行方不明にした。
普通行方不明というと、亡くなったであろう状態のことを行方不明と言います。
結局のところこの話の場合は分からないんですよ。

そしてそれからひと月ほど経ったんですが、夜中に秋山さんが寝ていると、

ドンドンドンドン ドンドンドンドン

と、けたたましくドアを叩く音がするので行ってみると、同僚の看護婦さんが飛び込んできた。
見ればブルブルと震えて、真っ青な顔をして泣いているんです。
あまりのその状況に秋山さんはびっくりした。

「どうしたの、大丈夫?」

そう聞いてみると、その看護婦さんが少し落ち着きを取り戻して話しだした。

この人は二階の部屋に住んでいるんです。
そして夜中に用を足そうと思って一階に下りてきた。
古い建物なんで、トイレは一階にしか無いんです。
用が終わって出てきて、階段を上がりかけた時。
丁度階段と秋山さんの部屋を挟んだ反対側というのは、少し通路のようなものがあるんですが、そこに背中を向けた女が立っている。
寮の人間かなと思ったんですが、何か探しものをしているのかなと思って「どうしました?」と声をかけた。

そして顔を覗き込むと、それは行方不明になっている看護婦さんなんです。

「あ! あなた何処に行っていたの!?」

と、声を掛けかけると、その人の姿がフッと目の前で消えた、と言うんです。
それで怖くなって秋山さんの部屋に来たということでした。

この出来事はあっという間に広まった。
ところが婦長さんが

「これはもしかしたら彼女が消えた手がかりになるかもしれないから、その辺りをもう一度よく探してみましょう」

と言い始めたわけです。
で、秋山さんとその同僚の看護婦さんと、婦長さんの三人で時間を見て辺りを探してみたわけだ。
これと言って何も無かったんですが、そのうちに物の影になっていて分からなかったんですが、
その階段の裏側に小さな鉄の扉があるのを見つけたんです。

「婦長、これは一体何なんでしょうね」

見るとそこは上から木の板でもって釘付けをしていたんでしょうね。
その板が腐って落ちたのか、何故だか剥がれている。
「あら」と言いながら婦長さんがその取っ手をクイッと掴んだ。
どうやら鍵はかかっていない。
力を込めて開けてみると、ギー ドン という音がして扉が開いた。

中からはヒヤッと冷えた空気が流れてくる。
婦長さんが懐中電灯の明かりを中に当てる。
中を見ると幅の狭い階段が、ずっと続いているわけですよ。
それは一階から二階に向かい階段へ平行にしているように暗闇の中をずっと続いている。
まるで隠し階段のような形なんです。

「入りましょうか」

と婦長さんは言うので、嫌とは言えないですからね、「はい」と返事をした。
秋山さんと同僚の看護婦さんは後からついていったわけだ。
体を屈めて、きつい階段を足音を響かせながら三人は進んでいく。

カビの臭いがツーンと鼻をつく。
ジメッとしていて、辺りは冷やっとしている。

やがて下についた。
懐中電灯の明かりで辺りを見てみると、そこは通路なんですよね。
それが左右にずっと伸びているんです。
それはコンクリートで出来た通路で、床も壁も天井も、全てコンクリートで出来ている。
幅はせいぜい一メートルちょっとくらい。
高さは百八十センチかそれくらいなんですが、上はアーチ型になっている。
どうも何処かの建物から続いているような感じなんです。

位地からして、丁度この通路の上辺りに秋山さんの部屋がある。

(えー、自分の部屋の下にこんな通路があったんだ)

「これは何でしょう?
 防空壕ですかね?」

と、婦長さんがあたりの様子をじっと見ながら
「あぁ、まだこんなものがまだあったのね」
と言った。

婦長さんが言うには、この病院にはその昔、伝染病か何かの隔離病棟があったそうです。
当時はこういった病気に大変な偏見があったわけですよね。
それで一般の方から見えないように病院の端の敷地にその病棟が建っていたそうです。
そして周囲はフェンスに囲まれていた。
周りからは見えないようになっているんです。

ここに患者さんが送られてくるんですが、そこに入れられた患者さんは殆どは出ることが出来なかったんです。
皆がここで亡くなっていったわけだ。
その病気で亡くならなくても、一度ここに入れられてしまうと、ここからは出られないわけだ。
考えてみれば、そこは収容所のような世界ですよね。

それで亡くなるとその死体というのは、一般の亡くなった方の死体とは一緒に出せなかったそうですよ。
どうしたかというと、この病棟に別に安置室を作って、そこから地下の通路を通って外に出したそうです。
これはその通路だって言うんです。
ひどい話ですがね。

ただこの通路から患者さんが一時、脱走を計ったことがあったそうです。
そんな時に若い女性の患者さんが、この地下通路まで逃げてきて、ここで自殺をした。
それでそんなことがあったもんですから、この通路は閉鎖されてしまったわけですよね。

で、後になってこの病院から隔離病棟というのは無くなったそうです。
建物は綺麗さっぱり無くなったんですが、どうやらこの地下通路は残ったそうなんですよね。

何だかその暗い通路の中でその話を聴いて、余計に寒くなってきた。
と、婦長さんが

「じゃあ行ってみましょうか」

と通路を歩き始めた。

カンカン コンコン

懐中電灯の明かりが一つ前方を照らしている。
ずっと通路は続いている。
と、そのうちに何か音が聴こえてきた。
後ろの方から何か音が聴こえる。

カラカラカラカラ うぅ・・・うぅうう・・・

(ん、何だろう?)

コンクリートの床や天井を伝ってその音は響きながらこちらに近づいてくる。
カラカラとストレッチャーの音が聴こえて、うめき声のようなものが聴こえる。

(あ、これだ、この音だ
 自分のベットの下から聴こえてくる音はこの音なんだ)

カラカラカラカラ うぅぅううう・・・

と、婦長さんが
「逃げましょうか」

もう手を繋いで歩いている場合ではないですからね、走って逃げた。
明かりはバラバラとあちこちを照らしている。
走っているうちに秋山さんは何かに躓いた。

起き上がれない。

何かにハマってしまって足が動かない。
引き抜こうと思っても足を動かすことが出来ない。
二人は秋山さんが転んだことに気づかなくてドンドンと先に行ってしまう。
助けて、と声を上げたいんだけど、声が出ないんだ。

そんなことをしているうちにカラカラという音が近づいてくる。
その音が壁に反響して異様な空気を放っている。
周りは真っ暗で何も見えない。
ただ音が近づいてくるのは分かる。
もうすぐそこまで音は来ている。
でも何も見えない。
でも真っ暗な闇の中をそれは確実にこちらに近づいてきている。

「でもこれ、見えなくてよかったんですよね。
 一体見えていたら自分はどうなっていたのか。
 普通は済まなかったでしょうね」
と秋山さんは言っていました。

足は何かにハマったっきり抜けない。

と、前方で「秋山さん!」と呼ぶ声が聴こえた。
どうやら自分がいないことに気がついたらしい。
明かりがチラッとこちらを向いた。
助けてっと言いたいんだけど声が出ない。

なおも明かりはこちらを向いている。
明かりは段々とこちらにやってくる。

「秋山さーん!」

助けてっと言いたいんですが声が出ないんです。
なおも明かりが近づいてきてうっすらを周りを照らしている。
明かりが近づいてきた途端、「ギャーー!」という二人の悲鳴が辺りに響いた。

何事かと思って秋山さんはヒョイっと振り向いた。
狭い通路の中、たくさんの妙な顔をした表情が自分を取り囲んでいる。
明かりが震えている。
その時になって初めて声が出た。

「足! 足!」

婦長さんが明かりをこちらに向けた。
何かが秋山さんの足に絡みついている。
よく見るとそれは指輪をした腐りかけた女の手だった。
それが秋山さんの足にグッと絡みついている。
腕があって、水色の服が見える。
その向こうに髪の毛の塊があって、その下に赤黒く膨れ上がった人の皮膚が見えた。

三人共気絶してしまった。

やがて三人は発見されて助かった。
別に体に異常は無く問題は無かったんですが、その水色の服を着た倒れていた女、それは行方不明になった、あの看護婦さんだったそうです。
どうやらこの人は何かの時に偶然この入口を見つけたんですね。
それでこっそりとここを抜けて誰かに会いに行っていたんでしょうね、きっと。

まぁこの通路はきちんとお払いをされて取り壊されて埋められたそうです。
そんな出来事が昔あったそうですよ。

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