青森の美容院

青森で美容院を開業している、ベテランの美容師さんで、仮に水野さんとしておきましょう。
それはもうふた昔前以上の年明け早々の出来事です。
当時美容院というとこの周辺では水野さんのところ一件だけだったんですね。
それはもう年末年始は大忙し。
というのもこの土地の人というのは高校を卒業するとやれ大学へ進学だ、就職だということで都会へ出て行ってしまうんです。
そして正月になるとそういう人が一気に帰ってくる。
そうなるとそれに合わせて成人式も早めにやろう、それに付随して同窓会だ、青年会だ、忘年会だと色々あるわけです。
ですから若い娘さん達は髪をカットする、パーマをかける、着物の着付けをするとなって、一斉に水野さんの美容院に来るわけです。
なので水野さんは年末年始にかけて大忙し。
年末年始、樫田さんというアシスタントと二人で休む暇が無いわけだ。

その日も朝早くからぶっ通しで食事をする暇も無かった。
それで最後のお客さんを送り出してフッと時計を見るともう八時はとっくに回ってそろそろ九時になろうかというあたり。

「じゃあ今日はこれでもって店じまいにしましょうか」

「はい、お疲れ様です」

というので店じまいを始めた。
それで樫田さんというアシスタントの女性がドアにかかっている営業中の札と店の看板の明かりを消そうと入り口辺りまでやってきた。
そして外を見て

「あれ、先生。
 まだ外にどなたかが立っているんですけども、お客様でしょうか」

水野さんはガラスにかかったレースのカーテンを少しめくって外を見てみた。
降り積もった雪が丁度店の明かりに反射して、明るく光っている。
その反射した明かりに照らされて若い女の人と思われるんですが、パジャマ姿にガウンを引っ掛けて、腰のあたりまでの姿が見えた。

「うーん、でも今日はもう疲れたし、こんな時間だし。
 もう全て片付けてしまったから、今日はもうお終いだって言ってくれる?」

と樫田さんに伝えると、樫田さんは「はい」と返事をしてドアを開けると

「あの、お客様ですか?
 すみません、今日はもう終わってしまったんです」

そう外に声をかけた。
そういうとその女性は黙って後ろを向いて去っていった。

「誰だった?」

「さぁ暗くてよく分からなかったんですけど、この寒い中、ずっと立って待っていたようですよ」

「あらぁ、それなら気の毒なことしちゃったわね」

それで掃除をして片付けも済んだので

「はい、今日はもう本当におしまい。
 お疲れ様でした」

「はい、じゃあ今日はお疲れ様でした」

と言って樫田さんが帰っていった。
またチラチラと降り始めた雪の中、アシスタントの樫田さんは帰っていく。
それで水野さんが一人残ったわけだ。

本来ならば今日は旦那さんと一緒に実家の方に行くはずだったんですが、自分には仕事があるわけですから、そういうわけにはいかない。
だから今日は家に水野さん一人。
店の明かりを消して座敷に行った。
それでお風呂で汗を流して簡単な夜食を取った。

(さぁ、今日はもう早く寝よう)

そう思い、布団に潜り込んだ。
それで疲れているわけですから、すぐに寝込んでしまった。

良い気分で寝ていたんですね。
それがどうしたわけか、フッと目が覚めてしまった。
寝なくてはいけないと思い目をつぶるんですが、何だか眠れない。

(もう寝れないししょうがないか。
 何だか喉も乾いてきたし、台所へ行って何か冷たいものでも飲もう)

起き上がって襖を開けて廊下に出た。
店の暖房は切っていますから、何だか冷やっとしている。
そして台所へ行こうとしたその時

カタッ カタッ

何だか物音がする。
店の方から音がしている。

カタッ カタッ

確かに音がしている。

(いやだ、もしかして泥棒かしら)

年末から年始にかけて、ずっと仕事をし続けている。
その売上金が手提げ金庫に入って自分の部屋にあるわけだ。

(今日は旦那さんもいないし・・・。
 怖いなぁ、弱ったなぁ)

警察に電話をしようと思ったんですけども、何かの間違いだったら申し訳ないし、
じゃあ自分でちょっと確認しに行こうかしらと思い、足音を忍ばせて店の方にやってきた。
そして店の方をこっそり覗いてみた。

店の明かりは消えているんですけども、ガラス窓のレースのカーテンを通して、
外に降り積もった雪に反射した月の明かりがうっすらと店の中を照らしている。

カタッ カタッ カタッ

なおも音はしている。
店の中を見回していく。
壁にかかった大きな鏡が三つあるわけだ。
椅子も三つある。
そこでお客様の髪をカットしたりパーマをかけたりする化粧台なんですけどね。
薄暗い中なんですが、その中の一つ、椅子に座って鏡に向かって女が一人髪を梳かしている。

真夜中、鍵がかかっているお店。
それも明かりも付けずに女が髪を梳かしている。
これは普通の状況ではない。
その瞬間水野さんは

(やだ、これってもしかしてこの人は生きている人じゃない!?)

そして急に怖くなった。
怖くなったから逃げようとするんですが、その瞬間に体は凍りついてしまった。
見たくはないんですが、目はジーっとその女性を見たまま。

と、薄暗い中で女が髪を梳かしている。
女が髪を梳かす度に、髪の毛がボロボロっと床に落ちていく。
スッと髪を梳かすと、ボソッと落ちて、パラパラと床に落ちていく。

その時にあることがフッと頭に浮かんだ。
そう、今日は本当はもう一人予約の客が居たんですよね。
それは若い女性で、自分でお店まで予約しに来たんです。
クラス会に出るということだったんですが、それで今日髪の毛をカットして明日着付けをする予定だったんだ。
ところがこの人は楽しみにしていたクラス会に出れなくなってしまった。

というのもそれはクリスマスの時。
会社の仲の良い同僚の女の子と遊びに行ったわけだ。
そしてその女の子のアパートに泊まり込んだ。

二人は布団を並べて気持よく眠っている。
ところが隣の部屋からガスが漏れていたんですね。
ガスは軽いですから、だんだんと上に上がっていって、部屋に充満していく。
寝ている二人は全くそんなことは分からない。
だんだんとガスは充満していった。

夜中を過ぎた頃、隣の部屋の若い住人が相当に酔っ払って帰ってきた。
酔っていて匂いが分からなかったのか、そのまま部屋に入って明かりのスイッチを付けた。
明かりがついた途端に、ドカンと爆発した。
それと同時に壁が剥がれ落ちて隣の部屋に寝ていた二人に直撃した。
二人は壁の下敷きになった。
そしてその途端に火が燃え上がった。

青森で冬のことですからね、皆ストーブをつけているわけだ。
石油ストーブの人は買い置きの灯油がある。
そういうものにまで火が着いたからたまらない。
辺りはあっという間に火の海で、燃え盛った炎に包まれた。

そしてやがて全てを燃やして鎮火した。
焼け跡から若い二人の焼死体が発見された。

ハッと水野さんはそれに思いいたり、

(じゃあさっき店の外に立っていた女性は、この人だったんだ!
 どうしよう、怖い・・・)

逃げたいんですが、体は固まったまま動かない。
目だけがその女性のことを追っている。
冷えた汗が体を伝って流れていく。

それでもどうにか逃げようと、無理に体を動かした途端にカタンと音が鳴った。
と、その音に気づいたのか、髪を梳かしていた女が動きを止めた。

(うわっ)

そう思いながら見ていると、薄暗い中で女を映している鏡、そこに女が顔を上げていくのが見えた。
そして黒い女の顔のシルエットがシューッと鏡に映り込んだ。
髪が抜けて顔が焦げてしまったその黒いシルエットのような顔。
目だけがそこに二つあって、こちらをジーっと見ている。
と、

「お願いします」

と女が言った。
途端に水野さんはフッと意識を失った。

どのくらいか時間が経って、

「おはようございます」

という声がして、アシスタントの樫田さんの声で目が覚めた。
気がつけば自分は布団の中。

(あれ、確か昨日こんなことがあって・・・。
 夢だったのかしら?
 とても夢とは思えないけども・・・。
 でも自分は布団に寝ているし、おかしいなぁ)

そう思っていると、店の方から

「あら、先生、昨夜あれからお客様が来たんですか?
 随分髪の毛が落ちてますけど」

という声がした。

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