憑いてるタクシー
五月にデザイン関係の集まりがありましてね。
しばらくぶりに懐かしい顔が集まったんで帰りに一杯やろうかって話になったんです。
それで原宿で飲み始めて、二次会、三次会とあって、西麻布の店で飲んでいたんですね。
ここは青山の墓地下にあるんですが、あーだこーだ話していて、フッと気がついた。
一人二人と帰り、もう残りは五人ほどだったんですが、時間を見るともう十二時を回ろうとしている。
年が年ですし、家が遠い人もいるし、もうそろそろ終電の時間ですから、
もう今日はこれでお開きにしようという話になったんです。
店を出るとサーッと小雨が降っているんです。
でも私はもうタクシーに乗ったほうが家に近いんで、タクシーに乗ろうと思った。
と、四人の友だちは「俺達は地下鉄のほうがいいから」と、散歩がてら地下鉄の方に歩いていってしまった。
私は一人でタクシーを待っているんですけど、雨が降っていてお客さんが多いからタクシーは皆六本木方面に行ってしまうんですよ。
なかなか来ない。
あ、来たなと思うともう既にお客さんが乗っているんだ。
(弱ったなぁ)
と、道路を眺めていると、向こうから赤い空車のランプを付けたタクシーがこちらに向かってくるのが見えた。
(あぁ良かった)
そう思いながら手を上げた。
チカッとライトを付けて、タクシーが私の前で止まった。
「どうも」
タクシーに乗り込もうとして気がついた。
後ろのシートのところにですね、お線香の束と言ったらいいのかな、十五・六センチくらいの、髪の毛の束のようなものがポーンと落ちているんですよ。
そして散らばっているんだ。
それで私が運転手さんに
「運転手さん、これは?」
と言うと、
「あっ」
それで運転席から降りてきて、後ろのドアを開けた。
その時に私が
「前のお客さんのものかな?」
「いや、さっき青山の斎場にお客様を送って行って、その後墓地で仮眠を取ってきましてね」
それで私の顔をフッと見た。
「あ、稲川淳二さんですか」
「よく分かりましたね」
「えぇ、すぐ分かりましたよ」
まぁそういう風に言われちゃうと嫌な顔もできないですしね。
バレたからと言ってこのタクシーに乗らないと、次にいつタクシーに乗れるか分からない。
と、この運転手がトランクからコンビニのビニール袋を取り出してきて、それで髪の毛の束を拾い集めて綺麗にしてくれたんだ。
それでまたビニール袋をトランクに仕舞いに行ったんで、私は座席に座った。
運転手さんが戻ってきて席に座ったので
「このまま真っ直ぐ行ってください」
と伝え、車は走り始めた。
まぁ酔っ払っていたこともあったのかなぁ、私から運転手さんに声をかけたんです。
「こんな時間に青山の斎場ってまだやっているんですねぇ」
「うーん、そうですよね」
「あ、そうだ。
中野までなんですけど、山手通りをずっと行って、早稲田通りを左に曲がってもらえますか?
それでまたすぐ右に曲がるんですけど、近くに行ったら説明しますから」
「え、中野の早稲田通りなんですか?」
その言い方が何だか妙に感じたんで、
「え、何かまずいですか?」
と私は聞いたんだ。
「いや、そういうわけじゃないんですけど。
ちょっとこの間ね・・・。
ちょっと思い出したんで」
何かなと思っていたら、運転手さんが話し始めた。
「丁度こんな風に雨が降っていた日なんですけどね。
時間もちょうど今くらいでしたかねぇ。
お客さんを送った帰りなんですが、早稲田通りを戻ってきましてね。
丁度中野に差し掛かって、右に行くと山手通、左に行くとお寺さんが並んでいます。
そこに落合斎場に入る道があるじゃないですか。
そこに何々家会場と書いた立て看板がありましてね。
喪服姿の女の人が立っていたんです。
それでタクシーを近づけてドアを開けたら、お客さんが乗り込んできた。
その時なんですがね、何だかきな臭い匂いがしたんですよ。
だから私、この人は火葬場の帰りなのかなと思ったんです。
それでそのお客さんが『西新宿までお願いします』と言うんで、そんなに遠い距離じゃないですし、言われるまま進んでいったら
『その先の道を左に入ってください』と言うんです。
それで私はハンドルを左に切った。
そうしたら『その辺りで止めてください』って言うんで、私は車を止めたんです。
料金を払ってお客さんは降りていったんだけども、その時に何だか妙な感じがしたんですよね。
それで私、乗車記録をつけながら、何気なくその人の姿を見送っていたんです。
見ていましたらね、その女の人が行く方に火事で焼け落ちたような家があるんです。
それでその人はそこに入っていくんです。
あらっと思った。
そして喪服でその人は黒く見えますから、そのうち闇に消えるように姿が消えた。
こんな遅い時間で雨も降っていますしね。
こんなところに一体何の用があるんだろうと思った。
時刻はもう遅いですし、タクシーを拾うには表通りまで出ないといけないですからね。
またしばらくしたら出てくるかもしれないから、ここでもう少し様子を見て待っていようかなと思いましてね。
ところがこの人、いっこうに戻ってこないんですよ。
雨はザーッと降っているし、私も段々と気持ち悪くなってきましてね。
何だか気味が悪くなって、そこから慌てるように帰ってしまったんですよ。
それでね、実はこのことの前にも変なことがあったんですよ。
このタクシーは私ともう一人の乗務員で、交代で動かしているんですが、そのもう一人の運転手が私のところへ来て
『なぁ、この車を運転していて、おかしなことはなかったか?』
と聞くんですよ。
それで私が、『いや何も無かったけどね』と答えると『あぁ』と言って何処かに行ってしまったんです。
その二日後にこの運転手が深夜の乗務をしていたんですがね、夜中に血相を変えて会社に戻ってきた。
その運転手は全身から脂汗をかいている。
そして青い顔をして、
『とてもじゃないけれど今日は運転できないから帰らさせてくれ』
と言って帰っちゃった。
それでその人ついに会社を辞めてしまったんですよね。
この車、何か憑いていますか?
それとも、私に何か憑いていますか?」
と運転手が私に言うんで、
「さぁどうなんでしょうかねぇ。
でも憑いているとしたら車のほうかな」
そんな話をしているうちに、車が丁度山手通りから早稲田通りに入ったんですね。
時刻が遅いですから、早稲田通りはそんなに人も車も居ないんですよ。
雨に濡れた暗い道路をヘッドライトが照らしていく。
と、急に運転手さんがブレーキを踏んだもんだから、私は前につんのめったんだ。
それでつんのめった状態から後ろに体を戻した。
その瞬間、私の右腕に何かがぶつかった感触がした。
と同時に私の右肩から首筋にかけてザワッと髪の毛が触ったような感触がして、ゾクッとした。
それで運転手さんが青ざめたような顔で私に「大丈夫ですか」と聞くんで「あぁ大丈夫です」と答えたら、
「あの、今『止めて』って私に聞きました?」
「いや、言ってないけど」
そう私が返すと、運転手さんが更に青ざめたような顔で
「この車、何か乗ってますよね・・・」
流石に私も気持ち悪くなってひょいと見た。
窓には暗い外の闇が広がっている。
と、そこに白い立て看板があって、
●●家式場
と書いてあるんですよ。
ここっていうのは、さっき運転手さんが話してくれた場所と全く同じ場所なんだ。
ゾクッとした。
ここからうちまではそう遠くない。
それで家の方まで案内して
「あぁもうここで結構ですよ」
と言って料金を払って私は車から降りた。
私の家というのはタクシーを止めてもらった場所から向かい側に面した場所にある。
車道を突っ切って渡ったんだけど、どうしても気になるから後ろを振り返った。
見るとまだタクシーは止まっている。
運転手さんはハンドルを握ったまま、フロントウィンドウをジーっと見つめているんですよ。
(あぁ、これはやっぱり何かあったんだな)
様子をしばらく見ていた。
と、しばらくするとタクシーは走り始めたんですが、その時なんですが、運転手さんは運転していますよね。
その後ろの窓、そこに長い髪の毛がザワーっと揺れるのを私見たんですよね。
やっぱり何か乗っていたんですね。