影の子

なんだかのどかで優しいお話なんで、私はこの話しが好きなんですよね。

仮に、彼の名前を「田辺あきお」さんとしておいて下さい。
彼は小学校一年生の夏休みに、お母さんに連れられて、
お姉さんと一緒に茨城県にあるお母さんの実家へ行ったんですね。

お母さんの実家というのは地元では有名な旧家で、
黒光りしたどっしりとした瓦屋根で、太い梁があって、長い廊下があるというようなそんな造りなんです。
ただ、とても立派なんですが、昼間からなんだか薄暗いんだ。

周囲はっていうと、緑がたくさんあって自然がすごいところなんだ。
セミは鳴いている。チョウチョは飛んでいる。バッタもいる。
だから彼にとったらとても楽しい。日が沈む頃まで、目一杯夢中で遊ぶんだ。

でね、遊んでいるうちはよかったんですが、興奮してしまったのか熱を出しちゃったんだ。
お母さんもお祖母ちゃんも、「これは夏風邪だから寝てれば治るね」って話して、
一番奥の部屋へ寝かせられたそうなんです。

頭は熱でぼーっとしている。寝たり起きたりを繰り返してる。
ふっと気が付くと、もうお昼をまわっている時分なんですね。

ぼやーっと布団の中にいると、
カンカンコン…コンコンカン…カンカンカン…
下駄の音がする。

(あれ?誰かが遊んでいるのかな?)
なんだか気になった。

カンコンカン…カンコンコン…
熱があって体はだるいんですがね、その音が気になったもんだから起きていって、
障子に穴を開けて、そこから覗いてみた。

と、庭に灰色の半ズボンに白いシャツを着てね、下駄を履いた坊主頭の子が一人で遊んでいる。


(あれ?あの子は誰だろう?この家には子供なんていないしなあ…)
そう思って見てた。

でも、またそのうち頭がぼやーっとしてきたから寝ようと思って、布団に横になった。
うつらうつらとしていると…

ふふふ…うふふふ…と笑い声がする。
(あーあの子来てるんだ)
ぼやっとする意識の中そう思いながら、そのまま眠りについていった。

翌日はというと、お母さんが、
「今日一日はちゃんと寝てなさいね」というから、また布団の中。

ちゃんと治そうとちゃんと布団の中。
横になって、うつらうつら…してた。


昼を過ぎた頃、
カンカンコン…コンコンカン…カンカンカン…カンカンコン…コンコンカン…カンカンカン…
昨日と同じように音がする。

(あ…あの子来てるんだ)そう思ったけど、布団に横になったまま。
しばらくすると、下駄の音がだんだんとこちらへ近づいてくる。
そして縁側へ登ってきた気配がする。よく見ると障子には小さな影がうつってる。

それでなんとなしに、
「僕は、あきおって言うんだよ。君は?」
って聞いてみた。

「こうすけ…」
そう言ったように聞こえた。というように聞こえた気がしたんだ。


「ふーん。こうすけかあ。じゃあ風邪が治ったら一緒に遊ぼうね!」
そういうと小さな影が、こっくりと頷いた。そしてやがて遠ざかっていっちゃった。


次の日はすっかり元気になって、さあ遊ぼうと庭へいた。
でもいくら待ってもこうすけが来ない。
(どうしたのかな?)と思い、その日は過ぎていった。

次の日も庭で遊んで待っているんだけど、こうすけはやってこない。
で、その日も過ぎちゃった。

そしてとうとう帰る日がやってきた。
その日、あきお君は帰る前に庭へやってきて、
「こうすけ、来年の夏も遊びに来るから、その時は遊ぼう」
って言ったそうなんですね。

ただ、この事はなんだか誰にも言っちゃいけないような気がして、
親やおばあちゃんには黙っていたっていうんです。


次の年もお母さんの実家へ行ったけれど、こうすけは現れなかった。
その次の年も行ったけれど、やっぱりこうすけは姿を見せなかった。

その時、彼は思ったそうなんですよね。
自分が大きくなってしまったから、こうすけは現れないのかもしれない。
会いにきてくれないのかもしれないって。
こうすけはきっと座敷わらしなんだろうなって思ったっていうんです。

だんだんと彼も高学年になってくる。
そうなると、勉強や友達との遊びが忙しくなってきますよね。
どうしても、おじいちゃんおばあちゃんの家に行く事が少なくなってきてしまった。

時はどんどんと経っていって、おじいちゃんが亡くなったんですね。
6年後におばあちゃんも亡くなって、彼ももちろん葬儀へ行ったんですが、
その時はもう27歳になっていた。

葬儀も全て終わって、本当に身近な身内だけでもって、一息ついていた。
そうしていたら、お母さんの姉にあたる、自分にとったらおばさんにあたる人が、
「ちょっと、こんなの見つけたわよ」と言ってやってきた。

見るとそれは綺麗な風呂敷包みだっていうんですよ。
「ほら、母さんの押入れ片付けてたら、こんなの見つけたわよ」
そう言いながら、おばさんはみんなの前で風呂敷を広げてみせた。

その中には、灰色の半ズボンと白いシャツと下駄が入っていたっていうんですよ。
それを見て、彼は思い出したんですよね。

それは20年前、こうすけが着ていたものなんですよね。
ただもう彼はこの時知っていたんですよね。

そのこうすけっていうのは、自分たちのお母さんの兄弟の一番末っ子に、
こうすけという名前のおじさんがいたんですが、7つの時に亡くなっているんだそうですよ。

彼が会ったその少年、それは彼のおじさんだったんですね。
不思議なものですよね…そんな話しを聞かせてもらいました。


前の話へ

次の話へ