最終前のバス

息を切って走ってどうにか最終前のバスに間に合った。
なにぶん地方の町なのでバスの本数が少ない。
これに乗り遅れると最終のバスまで30分は待たなければならない。
やっぱりマイカー通勤の方が楽かなーと思うんですがね、ここひと月ばかりはマイカー通勤を辞めてバスで通勤している。
バスなら勤め帰りに一杯飲むことが出来る。
座席に腰を掛けながら車窓に目をやると、街の灯が遠ざかって行く。

バスはやがて市街地を抜けて、郊外へと向かっていく。
外の闇が濃さを増してくると、酔いも回って瞼が重くなってきた。
どれほど時間が経ったのか、フッと目が覚めた。

(あれ、何処を走っているんだろう)

なんだかいつもの道と違う感じがする。
それで前を見てみると、ヘッドライトが照らす明かりの先なんですが、親子らしい二人が歩いて行くのが見えた。
やがてバスが信号で止まると母親と幼い女の子が横断歩道を渡っていった。

(え、ここは何処だっけ・・・)

そう思いながら辺りを見渡していると、横断歩道の隅に立て看板があって

「目撃された方を探しています

 平成○年○月○日頃、この近くで母親と女の子がひき逃げをされて亡くなりました。
 情報をお持ちの方は些細なことでも結構ですので、ご連絡ください。
 ご協力をお願いします。

 ○○警察署」

と書いてある。
信号が青に変わり、バスは再び走り始めた。
そしてまもなく、停留所に停まった。
扉が開くと三、四人の乗客が降りていった。
それでバスの中には自分と後二人の乗客になった。

すると降りていった乗客と入れ違いに今しがた横断歩道を渡っていた若い母親と幼い女の子が車内に飛び込んできた。
二人は車内をゆっくりと見渡した。
幼い女の子は眠っている男の乗客に近づいていき、顔をフッと覗き込んだ。
それから親子は顔を見合わせて、「違う」というような感じで首を横に振った。

続いて女の子はもう一人の眠っている男の乗客のところへ行った。
腰をかがめてじっと覗きこんで、呟くように「違う」と言った。

(まずい・・・まずいぞ)

次はこっちに来る。
二人がこっちに近づいてくる。
男は顔がわからないように下を向いた。
二人が自分の前に立った。
女の子はこっちを指さしている。
そして更に近づいてきた。
自分は目を瞑って寝ているふりをした。
どうやら女の子が顔を覗いているらしい。
頭の先でハァハァという息遣いが聴こえる。
と、「こいつかい」と言う母親の声がした。
すると女の子が「うん」と答えた。
その途端、

「ひき逃げしたのはお前だ!!!」

という叫び声がしたんで、思わずフッと顔を上げると血まみれの親子が自分の前に立っており凄まじい形相でこちらを睨みつけている。
逃げようとしたんですが、立ち上がれないんだ。
それでそのまま床へ転がってしまった。
這いずるようにしてその場を離れた。
その背後から血をポタポタと落としながら親子が迫ってくる。
それで男は他の乗客の男のところへ行って

「頼む! 助けてくれ!
 頼むから助けてくれ!!」

と懇願をするんですが、乗客の男はぐっすりと眠っていて、起きる気配がない。
それでもう一人の乗客のところへ行ってみた。

「おい頼むから助けてくれ!
 おい! おい!」

そうやって懇願するんですが、どうしたことかその男もぐっすりと眠っていて起きる様子がない。
それで男は運転席に向かった。
這いずりながら、呻きながら運転席に近づいていくわけだ。
その背後からポタポタと血を滴らせながら親子が追ってくる。
男は運転席に行った。
運転手の腕を掴み

「おい、停めてくれ!
 頼むから降ろしてくれ!」

そう言うと、キーっという音を立てて、バスが急停止した。
慌てて逃げようとすると運転手が振り向いて

「逃さないぞ。
 お前がひき逃げをした親子は俺の女房と娘なんだぞ」

一月前。
仕事帰りに酒を飲んで、酔って車を運転し、誤って母親と幼い女の子を轢いて自分は逃げてしまった。

運転手の顔がグーッと迫ってきた。
肩をグッと掴んで激しく揺すりながら

「もう逃げられないからな」
と言った。

・・・・・・・・・・・・・・・・

途端に男は悲鳴を上げて目を覚ました。
気が付くと運転手が軽く肩を掴んで、軽く揺すりながら
「お客さん、最後の停留所ですよ」
と言っている。

ここは一月前、酔って母親と幼い女の子を轢き逃げした、まさしくその現場だった。
それで思わず

「運転手さん、あんたの奥さんとお子さんは・・・」
と言うと

「えぇ、一月前にひき逃げされて亡くなりました」
と言った。

次の瞬間、男は
「すみませんが、私を警察まで連れて行ってもらえませんか」
と言っていた。

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