首吊りの木

東京の新宿にある専門学校のテニスクラブの夏の合宿で男子部員が

「あのさ、ここからしばらく行ったところに大きな木があるんだけども、
 その木で昔このクラブの先輩が首吊りをしてさ。
 それが今でもさ・・・」

と話し始めるとそこに居た女子部員で、仮に愛子さんとしておきましょうか。
彼女が「ヤダヤダヤダ、やめてよこんな話」と言って静止をしてしまった。

そのムキになっている様子が何だかおかしかったんで、男子部員が
「へぇ、何だか面白そうな話じゃん。
 肝試しでも行ってみようか?」

そう言うと別の一人も「そうだよな、暇つぶしにいいかもな」とノッてきた。

そしてその日、夕飯が終わった。
これといってやることもないままあれこれとしているうちに時計が9時を回った。
と、誰ともなしに「おい、ぼちぼち行ってみないか」という話になった。
それで嫌がる愛子さんを

「おい、大丈夫だよ皆で行くんだから。
 そんな何かが出るわけないじゃないか」
と言って半ば強引に連れだしたんです。

月明かりの下、男が三人、女が二人。
木々の間を抜ける道を歩いて行く。
季節は夏真っ盛りの8月の初めなんですが、信州は虫も鳴いているし、時折吹く風も冷たい。
もう秋の気配が漂っているんです。

しばらく行って脇道に逸れてなだらかな山道を上がっていくと景色が開けた。
鬱蒼とした夏草が生えているんですが、その向こう。
夜空を背景に長い黒い枝を伸ばしている大きな木がある。
これが何とも不気味なんですよね。

「おい、あれじゃないか。
 何だか怖そうだな」

「うん、不気味だなぁ」

「どうする? 行ってみようか」

「うん、行ってみよう」

そして五人が木に向かって歩き始めた。
と、それまで騒がしく鳴いていた虫がピタっと鳴き止んだ。
辺りが妙に静まり返ったものだから何だか不気味に感じる。
それで太い木を囲むように五人が並んで上を見上げると、
重なりあった葉が深い天井のように覆いかぶさって暗い闇を作っている。
皆ただ黙って木を見上げている。

と、一人が
「おい、先輩が首を吊ったのってどの枝だ?」
と言い出した。

他の皆はドキッとした。
と、突然

ギィィィィイギィィイィィイイイ

と、枝の一本が音を立ててたわんだ。
途端に愛子さんが「ぎゃー」と悲鳴を上げた。

流石に皆怖いものだから夢中で逃げた。
早足で逃げながら一人が愛子さんに

「木がたわんだくらいで何でお前あんなに悲鳴を上げるんだよ!」

と聞くと、愛子さんが血の気の失せた唇を震わせながら
「だ、だって。 首吊りをしている女の人の顔が見えたんだもの・・・!」

それを聞いた一人が
「えっ、首吊していた先輩って女の人だったのか!」
と言った。

すると闇の中で
「やめてよね、そんな話」
と言う女の声がした。

一人が「おい、今の声は誰だ」と言った途端に皆が悲鳴を上げて逃げ出したって言うんですよね。

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