引っ越しの怪

僕の仲間内で結婚に失敗した奴がいましてね。
相変わらずぶらぶらしている奴なんです。
それでこいつがデザイン関係というか、美術関係の仕事をしているんですよね。
ある日こいつの仕事場が横浜になっちゃったんです。

でも東京で遊びたいしってことで、だから途中で家でも借りちゃおうかって話になって、
小田急線の横浜と東京の中間地点というのかな、場所を言っちゃうと騒ぎになるんで言えないんですが、
そうですね・・・千という字を書くところって言えばいいかな、大体わかるとは思うんですけども。
そこに家を買うことにしたんですよ。

それで皆でもって手伝いにいったんです。
私も手伝いに行ったんですよ。
でも大した荷物がないから、引っ越しはすぐに終わっちゃった。
それで皆で飲んで周りなんか散歩して「あー、結構良いところだねぇ」なんて話をして。
そしたらそいつが「あれだな、何だか昔を思い出すな」なんて言い出してね。
学生時代は皆でよくつるんでましたからね。

皆昔のことを思い出して、「俺も泊まってこ」「俺も」なんて言うんですよ。
それで私に対しても「お前はどうする?」って言うんで、

「仮にも私は芸能人なんだから、そんな暇じゃないんだから。
 大体芸能人を引っ越しに使うなんてトンデモナイよ」
そう私は答えたんです。

「そうか、それならしょうがないな」って話になって、私は何杯かお酒を飲んで引き上げたんです。
それからしばらくして、その引越を手伝った仲間の一人にたまたま会う機会があったんです。
それで話してたら「この間変なことがあったんだよ」って言うんです。

私が「なんだよ」って聞いたら、

「俺あの日さ、結果的に一人で泊まることになったんだけど
 明け方あいつが早く出て行くって言うから俺だけ部屋に残ってたんだよね」

住人の友達が出て行ったんですが、こいつはずぼらだから見送りもしないで眠っていたそうなんです。
でもそれからしばらくして、ドアがまたバタンと開いたそうなんです。

(あいつ、しょうがねぇな・・・忘れ物でもしやがったな)
そう思ったそうなんです。

そうすると、入ってきた人が部屋の中をぐるぐるとずっと回っていたそうなんです。

(あいつ何やってんだよ・・・)

そう思ったんですが、眠いし、面倒くさいしってことで、このまましらばっくれてやろうと思ってそのまま寝てた。
そうしたら枕元まで来てしゃがみこんで、何か考えている様子だったそうなんです。
あれはどうやら一服してたようだと言うんです。

近くにいたし、よっぽど声をかけようと思ったんだけど、立ち上がって出ていこうとしたんで
流石に悪いと思って「いってらっしゃい」を言おうと思って起き上がってドアを開けると、誰もいなかったんですね。

「あぁ、じゃああいつ、急いでいっちゃったんだ」と私が聞くと
「いや、そうじゃないよ。そんなに早くドアを開けて建物の外に行くなんて出来るわけないんだから。
 考えてみれば、あいつじゃないような気がするんだよね。
 だから俺、気持ち悪くて。お前にこの事を喋りたかったんだよ」
と、そんな話を聞いたんです。

で、それから一ヶ月くらい経った頃だったかな。
今度は別の引っ越しを一緒にした奴と会うことになったんです。
そうするとその友達が

「俺さ、あそこに泊まったんだけど、どうやらあそこは普通じゃないよ」

私も前のことがあったもんだから気になって、「どうした?」って聞いたんです。
その友達が泊まったらそこに住んでいる友達は早く出るもんだから
「先に俺出て行くからな」って言われて、「あぁいいよ」と答えたそうです。

それで案の定朝になるとそいつはガタガタと準備しながら出て行った。
しばらくすると、またバタンとドアが開いたそうなんです。

(忘れ物かな・・・)

部屋に入ってきてぐるぐる回って歩いているんです。

(忘れ物・・・何を探しているんだろう・・・)

そう思ったんですが、面倒だからそのまま寝てた。
そうしたら枕元まで来てしゃがんでいるようなんです。
それでその友達も、全く同じことを言うんですよ。
「タバコでも吸っているんじゃないかと思った」って。

それで悪いと思い、自分も一緒に行こうと考え「おい、俺も一緒に行くよ」とドアを開けると、やはり誰も居なかったそうです。
枕元を見てみると灰皿は無く、少し離れたところにある灰皿を見るともう灰が捨ててあり、中にはタバコは一本も無かったそうです。

「ということは、タバコは吸ってないんだよな。
 俺が起きた時には誰もいなかったんだぜ。
 でも確実に誰かが来て部屋の中を歩き回っていたんだ。
 俺、気持ち悪いんだよ」

手伝いに行っているうちの二人が経験してますからね。
私だけは体験していないんですが、でも何かあるんじゃないかと思った。

そうこうしているうちに、引っ越しをしたた四人全員で会うことになったんです。
それで、飲んで騒いでいる時に、その中の一人が「実は俺、こんな体験をしたんだよ」と、
よせばいいのに、そいつの家で体験した話をし始めたんです。

大体ここに住んでいる住人は臆病者ですから、そんな話をされると住めなくなりますからね。
私は「言うんじゃないよ」と言ったんだ。

でもそいつは「俺さ、この前こういうところに行った時に、こんなことあってさ・・・」と話し始めちゃったんです。
そしたらもう一人の体験した奴も「俺もさ、この前こういうところに行ったらさ・・・」と同調する。

そしたらそこの住人も話し始めた。
「実はこの前俺が越した部屋なんだけど、誰か居るみたいなんだよな・・・」

その瞬間私は、(あれ?)と思った。
「俺が明け方部屋に居ると誰かがグルグルと回って、俺の枕元にしゃがむんだぜ。
 それで何でかしらないけどブツブツ言ってんだよ。
 俺が目を開けると誰もいないんだよな。気持ち悪いんだよ」

そう話し始めると、話を聴いていた一人が
「あのな・・・俺達が話した話って、全部お前の部屋の話なんだよ」
とバラした。

そうすると住人が
「おい、やめてくれよ。俺帰れなくなるよ」
と泣き言を言った。

「お前だってそんな気がするって言ったじゃないか」

「そうは言ったけど、俺そんなの知らねぇよ」

「お前も、俺らも体験してんだから、絶対そうなんだよ」

四人居て私だけ体験していないから、三人が体験していることになるんですよね。
こうなると確率は高いですからね。
それは有り得る話なんじゃないか、ということになった。

「一人じゃ帰れないから一緒に来てくれよ」と私頼まれましたよ。
好奇心もあったから、日を改めて後日行ってみた。
でも大体そういう話っていうのは、ほとんどが冗談で、ありえない訳ですから、
何かの状態でそうなっているわけですよね。
例えば二、三件先の家の音が聴こえるだとか、風の流れがたまたまその部屋にあって、扉がバタンバタンと閉まったりだとか。
そういうことってあるんですよ。
だからそういうことなんだろうなぁと思いながら、からかい半分で行ったんです。

それで行ってドアを開けたら、彼は荷物が少ないですから、部屋はガランとしている。
机があって、美術関係のものが少しだけあるくらいで、殆ど物はないんです。
そこにタンスがどんと一つ置いてあるんです。
それを見ていたんですが、その時フッと、空気が違うなって思ったんです。
引っ越した時には窓を開けていたこともあったんでしょうが、もっと開放的な空気だったんです。
ところが今の空気っていうのはなんだか違うんです。

重いんですよ、何だか。

丁度粒子がつぶつぶになっていて、それが流れて体を撫でていくようなね。
ゆっくりと空気が流れていくのが見えるようなんです。
それで私も色々体験しているもんだから、そういうのが見えるというか、読めちゃうんですよね。
嫌なんですけど、体質ですから。
その時、(これはもしかしたらマジだぞ)と思った。

それで「何かあるかもしれないから探してみよう」という話になった。
でも荷物は少ないし、ワンルームですからそんなに調べるところはない。
あれこれやっているうちに一人が「このタンスって前々からあったっけ?」と言った。
私も引っ越した時にはこのタンスは無かったような気がした。

「なぁ、俺達このタンス運んだっけ」
「いや、これは前々からあるんだ」
「なんであるんだよ」
「大家さんが、もしよければこれ使ってくださいって言って貸してくれたんだよ」
「じゃあこのタンスって前の住人のものなのか」
「うん、そうだよ」

まぁまぁのタンスでしたよ。
新しいものじゃなかったですけど、洋服ダンスでしたよ。

一人がタンスに近づいていき、壁にひっつくような形でタンスの上を見上げる格好をした。
そうしてた友達が「あれ、これ違うな」と言った。
「どうした」って私も見に行ったら、私も(あれ?)と思った。

違うんですよ。
どう違うかというと、壁の後ろ、ようはタンスの後ろですよね。
壁だったら桟の打ち方が違うじゃないですか。
どう見てもタンスの後ろの部分に、もう一つ押し入れがあるように見えたんですよ。

「ここ、絶対なんかあるぞ」って話になって、皆でタンスをどかそうってことになった。
タンスの中を全部出して、どかしたんですよ。

どけましたら、一枚のドアを引くような形の押入れになってました。
何の変哲もない押入れです。
ただ何となく開けるのが怖い。
しばらく皆で眺めていたんですよね。

どうしてこんなところにタンスを置いたんだろうか。
それで、どうして大家さんはタンスを使ってくれって言ったんだろうか。
そういう風に皆思ってた。

その時の気持ちなんですが、何だか眺めているとタンスが跳ね上がるように見えたんです。
そして気のせいかもしれないですが、何だかやけに部屋が寒くなってきたような気がした。
これは開けないほうがいいかなとも思うんですが、やっぱり好奇心が勝ちますよね。
こっちは四人居るわけですから。

すると、私達の行動のせいかもしれないですけど、そのタンスがドックン、ドックンと膨れ上がってくるように見えるんです。
そうなると今度は恐怖が出てくる。

そしてとうとう一人が我慢できなくなり、前にツカツカと歩いていったと思ったら押入れの取っ手に手をかけた。
「開けちゃ駄目だ!」と言ったんですが、そいつは押入れを開けてしまった。

そうしましたら、中から冷えた空気がスーッと流れてきました。
そいつが「うわー!」と叫んだ。
そして転がってきた。

「バカ野郎!なんだよ驚かせんなよ!」
「こ、子供がいる!子供!」
「何処に?」
「中に子供がいる!子供がいるんだ!」

慌てて私は中を見に行った。
真っ暗な押入れの中に、子供がぽつんと座っているんです。
怖くて私は声が出なかった。
でもしばらくして、それは子供ではなく、人形だということがわかった。
でも確かに私も友人も子供に見えたんです。
これはどう考えたって普通じゃないし、押入れの中に人形を入れとくやつなんていませんから
「近くにある不動産屋さんに行こうよ」って話になった。

それでその不動産のおばちゃんに聞いた。
「実は、こいつがお世話になったのあのアパートなんだけども、こういうことがありました。
 これはどういうことなんですか」

「あぁそうですか、申し訳なかったです。
 こんなことになるとは思わなかったんだけども。
 実は、前にあそこには洋裁学校に通っているお嬢さんがいらして、
 そこで暮らしていたんだけども、体の具合が悪くなっちゃって。
 そして親が迎えに来ちゃったんです。
 でも親御さんが、時期に体が治ったら戻ってくるので、
 物はそのままにしておいてくださいって言われたのでしばらくそのまんまにしてたんですけど、
 あなたがあの部屋に入る一ヶ月前にご両親がやってきて、
 うちにも来て、『あの部屋、もう戻ってこれませんので・・・』と挨拶にきたんです。
 その時に私直感でね、お嬢さんが亡くなったんだって思ったんです」

それで私達が見つけた人形っていうのは、こういう風な人形でしたよ、こんな服を着ていましたよと話したら

「あぁ、たまに見かけましたけど、お嬢さん、同じような服を着ていましたよ。
 洋裁方面をやっている方でしたから、自分で縫ったのかもしれませんね」

それで僕たちは思ったんですよ。
あれはもしかしたら霊とかそういうものじゃなくて、そのお嬢さんが自分の人形を忘れていったんで
気になって部屋に戻ってきたんじゃないか、もしかしたら自分が戻ってきたいばっかりに、人形を置いていったんじゃないか、
自分が死ぬことを分かっていたんじゃないだろうか、と。

そしたら一人が言うんですよ。
「いや、あれは娘なんかじゃねぇな」
「どうしてだ」
「あれは人間の仕業じゃねぇよ。
 あれはお嬢さんが忘れた人形を探しているんじゃなくて、俺は人形が歩いていたんじゃないかと思うね」

私も何だかその話を聴いていたら、本当に人形が歩いていたんじゃないかなと思うんですよね。

前の話へ

次の話へ