芋洗坂で乗せた女

私ね、学生の頃なんですが、仲間と一緒に六本木で、土曜・日曜とお店をやってた事があるんですよ。

この仲間っていうのは、学校もバラバラなんだけど、なぜか仲がいいんですよ。
中には、有名な俳優さんの弟や女優さんの弟、財閥のせがれなんかもいてね。

それでね、よく集る店があったんだ。
仲間内の叔父さんがやってる店だったんだけど。

で、ある時にこの叔父さんが、
「土日は休みだし、お店やってみる?経営してみる?」って言ったんだ。

よく遊びにいってると、たまに経営のほうもやってみたくなるもんなんですよね。
それで、安い賃料を払ってお店をはじめたわけだ。

儲かりはしなかったけど、学生がやっているっていうんで、
近くの店のマスターやママが、お客さんを連れて遊びに来てくれてね。

わたしたちもそのお店に行ったり、手伝ったりもしたけど、楽しかったですよね。

そんなある時に、よく顔を出してくれる近くの店のマスターが来てね、
「いやね…この間、変な事があったんだよ…」って言うんですよ。

それというのは、お店が終わってお客さんがみんな帰っていった。
後片付けはスタッフに任せて、マスターは店を出た。

外はもううっすらと明るいんですよね。
サーっと細かな雨が降ってる。

で、手をあげるとタクシーがとまってね、「おはようございます」って言うわけだ。
このタクシーはいつも乗ってるタクシーなんですよね。
だからもう行き先を言わなくても、家を知ってるわけなんですよ。顔なじみなんだ。

で、タクシーに乗って、走っていった。
六本木の表通りがあって、一本横に入る道がある。
ここをしばらくいくと、『芋洗坂』という坂があるんですよ。

当時ね、このあたりには、お屋敷がたくさんあったんだ。
それでタクシーが行くと、お屋敷の前で、雨に濡れながら若い女が立ってるんですよ。

(ああ…タクシーを待ってるんだな。雨に濡れて可哀想に…)
と思ってマスターが、「あの彼女乗せてやろうよ」って言った。
それでタクシーがその若い女の前に、車をつけたわけだ。

それで、このマスターが「よかったら乗っていきませんか?」って言った。
と、若い女が頷いてお辞儀をしてね、タクシーに乗ってきたわけだ。

でもマスターは話す事もないし、ウツラウツラと寝ちゃった。
しばらくして起きると隣に若い女はいない。

マスター「あの女の子どこで降りたの?」
運転手「なんです?」

マスター「いやいや、さっき乗せた女の子どこで降りたの?」
するとね、運転手さんが笑いながら、顔でバックミラーをさすんだ。

「え?何?」って、バックミラーを覗いたマスターは声をあげた…

バックミラーに女が写ってるんだ…座席にはいないのにですよ?
で、運転手さんもマスターの声で座席を見て、声をあげた…女が座席にいないから。
それで、2人は雨の中タクシーを飛び出しちゃった。

いったい今のは何なんだろうと思ってね…
しばらくしてから車に戻ってみると、もうバックミラーにも女の姿はないんだ。

それで、その日。また夜に仕事に来るわけだ。
そして仕事が終わって朝方、タクシーをとめて乗り込んだわけだ。

六本木の表通りから一本横道に入る。昨日と同じ道。
するとね、昨日女が立っていたお屋敷の前に、ずっと花輪が並んでいたそうですよ。

マスターが『あれはなんだったんだろう?』って言ってましたよね…
こんな話しを聞いた覚えがあります。


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