明日くるから...

茨城県に私の工房があって、そちらで知り合った住職さんの話しなんです。

その住職さん、明日の葬儀の支度を終えて、床に入って目をつむった。

あれこれと雑用があったもんですから、時間は夜中の一時をまわろうとしている。
街中と違って、畑があったり、森があったり、ましてお墓に囲まれたお寺の中ですから、辺りはシーンとして物音一つ聞こえてこない。

ウツラウツラとしかけていると、微かな物音がしたんで、あら?と思っていると、その音が次第に大きくなってきた。

トットットットットットッ…足音が駆けてくる。
あら?と思っていると、その足音が部屋の前を通りすぎていった。

(はてな?)と思って起き上がると、トットットットットットッ…と足音が戻ってきたんで、
襖を開けてひょいっと見ると、そこには4~5歳の幼い女の子がいて、『明日また来るから』と言って、
トットットットットットッ…駆けて行って、闇の中に消えていった。

翌日お寺に小さな棺が届いて、それが祭壇に置かれた。
住職さんは手をあわせてから、その棺の中を確かめた。

と、それは昨夜の女の子だったそうですよ。

またある時は、寝ていると人の気配でふっと目が覚めた。
気が付くと、そこには檀家のMさんというお爺さんが正座していて、
手をついて丁寧にお辞儀をしながら、『よろしくお願い致します』と言って消えていった。

しばらくすると電話の音がして、奥さんの声がして、奥さんが部屋へやってきたもんですから、
「ああ、檀家のMさんだね?」って言うと、奥さんが「また?」っていう顔をしたって言うんですね。

この歴史のあるお寺では、昔から時々なんですが、葬儀の前に亡くなった本人が挨拶に来るんだそうですよ。

まあ、そんなある日なんですが、その日は朝から強い風と雨が吹きつけていた。

住職さんはその日も勤めを終えて、床について、いつものように眠りについた。
でも、夜中頃になって、ふっと目を覚ました。

相変わらず、外では激しい雨が降っている。
聞くともなく雨音を聞いていると、その雨音に混じって苦しそうな息遣いがするんですね。

それは襖の向こうから聞こえる。どうやら誰かが部屋の前に来ているようなんです。
(いつもと様子が違うな?)と思いながらも、住職さんは布団の上に起き上がった。

カタカタカタカタカタ…襖が少し鳴っている。そして、その襖が少しだけ開いた。
そして、血にそまった赤い手がズーっと部屋の中に入ってきた。

驚いていると、今度は隙間から片方の目が覗いた。
そしてカタカタカタカタ…と、どんどん襖が開いていった。

そこには片腕で上半身だけで、ぐっしょりと血に濡れた、血まみれの男がいて、こっちをジーっと見てる。

その時に住職さんは、昼間に人身事故で列車が遅れたっていう話しをふっと思い出した。
(これは、もしやその人物かもしれないな…)と思っていると、
その男が住職さんにズーっと手を伸ばして、ズズズズズっと座敷の中に入ってきた。
そして、どんどんどんどんこっちのほうへ近づいてくるんだ。

さすがの住職さんも怖くなって、逃げようと思うんだけど、腰が抜けたのか動けない。
慌ててるもんですから、お経をあげるのも忘れてるんですよね。

ズズズズッ…なおも男は近づいてくる。
もう男は目の前まできている。

プルルルルル…プルルルルル…
と、突然電話が鳴ったもんですから、とっさに電話のほうへ目を向けた。
そして、しばらくして目線を戻すと、そこにはもう男の姿はなかった。

しばらくすると、奥さんが住職さんの部屋へやってきた。
そして、布団の上でぺたんと腰を抜かしている住職さんを見ると、
『ああ、もう来たんですね』って言ったっていうんですよね。



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