南房総の足あと

南房総に四階建てのコンクリートがむき出しになった廃屋があった。
これが潮風を浴びて何とも不気味な雰囲気を醸し出している。
どうやらこれは昔はリゾートホテルか何かだったようなんですがね、
もう窓ガラスは抜け落ちて穴だらけなんですが、その奥に暗い部屋が見えている。
錆びついたパイプなんかも見えるわけですよね。

この海岸は以前は人も居たんですが、近頃はすっかり姿が見えなくなった。
でも時折は誰かがやってくるんですね。

そんなある日、夏の日差しの中、男子学生五人がここを通りがかった。
ふっと見ると向こうに建物が建っている。

「おい、なんだかここ気持ち悪いな。不気味な建物だな」
「へー、これはおっかなそうだな」
「おい、夜にここに来てみようか」

一人がそう言うとみんなが頷いて、そんな話になった。
その日の夕飯が済んであれこれするうちに、仲間の一人が切り出した。

「おい、あそこに行ってみないか」
「あぁ、行ってみようか」

それで五人は懐中電灯を持って浜に出てきた。
と言ってもこの辺りはもう真っ暗なんですよね。
ポツンポツンとところどころに灯りが見えるっきり。

海はただ暗い。
何も見えない状況だ。

昼間と違って潮騒がやけに大きく聴こえる。
懐中電灯の灯りを頼りにビーチサンダルで浜までやってきた。

やがて夜の闇の中、黒い輪郭の建物が出てきたわけだ。
やっぱり怖い。
どうもその建物は不気味だ。

「おい、やっぱり夜に来ると違うな、気味が悪いな」

建物の周囲まで来たのはいいんですが、周囲には柵が張り巡らされているんです。
でもその柵なんてあって無いようなもんなんだ。
入ろうと思えばどこからでも入れるんだ。
それで玄関口から五人は入っていった。

懐中電灯の灯りを中に向ける。
あれこれ散らかっているんですが、向こうにはソファーが見える。
フロントのカウンターが見える。

「じゃあ奥に行ってみようか」

皆は奥に歩いていった。

「ここらでいいか」

一人がそう言って、皆が同意した。
丁度海が見える辺りで、皆がそこに腰を掛けた。
と、明かりを消してみようかと一人が言ったんで、皆が同意して灯りを消した。

明かりが消えた途端、あたりは真っ暗な闇に包まれた。
隣に居る仲間の顔も見えない。

「おー、これは怖いな」

皆が口々にそう言う。
ガラスは全て抜け落ちていますから、海から時折心地よい風が入ってくる。

仮にこの五人をAくん、Bくん、Cくん、Dくん、Eくんとしておきましょうか。

「おい、ここで一人ずつ怖い話をしてみようか」

誰かが切り出したので、Aくんが話をし始めた。
真っ暗な闇の中ですから、イメージが広がるわけだ。
流石に怖い。
話が終わると皆が深い息を吐く。

次はBくんの番だ。
Bくんが話をする。
皆は黙って聞いている。
時折風でものが揺れたりすると、皆がびくっとする。
Bくんの話が終わると、またみんなが深い息を吐く。

そして、Cくん、Dくんが話をして、Eくんの番になった。

E「これな、地元の人から聞いた話なんだけど・・・。

  この海岸に夜来るだろ、そうすると海の方から『ギャー!』と悲鳴がするんだ。
  それで悲鳴の方を見ると、水しぶきがあがっていて人が溺れているんだ。
  放っておけないから海に入って助けに行くわけだ。
  もうそこには海面から腕が出ているだけ。

  それでその腕を掴んでぐっと引き上げる。
  とたんにぐにゃっと腕の肉が剥がれて、骨が見える。
  その瞬間、海中の底からガボッと音がして、髪の毛の剥がれた顔の赤黒い水死体が浮き上がってくる。

  慌てて逃げようとすると、そいつが後ろからしがみついて、海中に引きずり込もうとする。
  この海、けっこう人死んでるんだってさ。
  それで、この話は何とかそこから逃げた人の体験談だそうだ」

Eくんの話が終わると、ピチョン・・・ピチョン・・・と音がした。
皆は震え上がった。
と、誰かが「じゃあこれで終いにしよう」と言って皆が立ち上がった。
懐中電灯の灯りをつけた途端、

A「おい、これなんだよ!
  これちょっと見てみてくれ」

Aくんは自分の懐中電灯で床を照らしてみせた。
そこには、濡れた足あとが海の方から近づいている。
その足あとはBくんが座っていたすぐ後ろまで続いている。

B「おい、俺の後ろに誰か居たのかよ! まじ勘弁してくれよ・・・」

さっき水滴の音がしたよな・・・と皆で話していると、

C「さっきさ・・・『これで話を終いにしよう』って言ったの誰だ?
  誰か言ったよな・・・」

AくんとBくんは、自分は言ってないと言う。
Cくんも言ってないと言う。
Dくん、Eくんも頭を振る。
五人皆が聞いているはずなのに、誰も言った人がいない。
おい、マジで勘弁してくれよ・・・なんなんだよと言っていると、

B「それって・・・濡れた足あとの本人じゃないか・・・?」
E「おい、ちょっと待てよ。この濡れた足あとは海の方からずっと来てるだろ。
  こっちに来た足あとはあるが・・・帰っていった足あとが無いぞ。
  まだこの真っ暗な闇の中に居て、俺達の様子を伺っているんじゃないか?」

途端に皆が凍りついた。
と、真っ暗な闇の中、

ピチャ・・・ピチャ・・・

水滴の音がする。
フッと皆は音の方を向いた。
誰か一人が懐中電灯をそちらに向けた。
その途端、皆が声にならない声を上げた。

真っ暗な闇の中、
懐中電灯の丸い明かりに照らされた、
腕の肉が剥がれ落ち、
髪の毛が抜け落ち、
青黒く膨れ上がった水死体の男が
全身ぐっしょりと濡れて
そこに立っていた・・・。

ただ皆が呆然とそこに立っていると
ピチャ・・・ピチャ・・・と音を立て、その男が五人に向かって歩いてきたので、
皆が悲鳴を上げてそこから逃げ出した。

この廃屋なんですが・・・まだあるんですよ。

前の話へ

次の話へ