待っていた友

中部地方の田舎町。人口が少ない事もあって子供の数も少ないんですよね。
ですから、子供達は小学校・中学校と、みんな同じ顔ぶれで進級していくんです。
そういう事もあって、みんな兄弟のように仲がいいわけだ。

高校に入ると、電車で遠くの高校に行ったり、親元を離れて寄宿舎に入ったりするわけだ。
その後は、都心部の大学に進む者もいれば、企業に勤める者もいるわけでね。

そういうわけですから、地元の幼なじみが顔をあわせる事は、そうないんです。
というのも、地元にあまり人が残らないんですよね。
みんなが顔をあわせるって行ったら、正月かお盆くらいなもんなんだ。

大阪の大学を卒業して、大阪の会社に勤めている天野さんのところに、ふるさとの友達から、
「お盆に帰ったら、同窓会という名目で、みんなで集まって一杯やらないか?」という連絡がきた。
もちろん天野さんは出席する事にしたんです。

そして、その日がやってきた。
夏の夕暮れ時、同級生の実家の料理店の座敷にみんなが集まった。
2~3人は仕事で来れない人も居たんですが、17~18人の同級生が顔を揃えた。
懐かしい仲間の顔。そしてお酒が入るとみんなでワイワイ盛り上がった。
そうして、楽しい時間がだんだんと過ぎていった。

会もそろそろお開きかなって時間になった時、店の若い衆がやってきて、
「天野さん、下に電話が入ってますよ!」ってやってきたんで、天野さんは下に降りて電話に出た。

「もしもし?天野ですけど」
「ああ、俺だよ。森だよ。」
「おお!森か?
 なんだよ、何してるんだよ?
 みんな盛り上がってるぞ?
 お前帰ってこれなかったのか?
 会いたかったな…お前それで今どこにいるんだ?」
「ああ・・・今小学校にいるんだ。」
「え?小学校って俺たちの小学校か?」
「あぁ・・・」
「なんだよおい。それならこっちに来ればいいじゃねえか。」
「あぁ・・・でも、それが出来ないんだ。
 でさ、天野、おまえこっちに来てくれよ?」
そう言って、電話が切れちゃった。


(なんだろう?なんだか元気がなかったな・・・。
 でもこっちに来れないって事は、みんなに会いたくなかったのかな?
 何かみんなに会えない事情があるんだろうか?
 自分を呼んだって事は、自分に話したい用事でもあるのかな・・・)

そう思ったもんですから、天野さんは座敷に戻っても、みんなにこの事は言わなかった。

しばらくして会はお開きになって、じゃあ二次会に行こうかって話になった。

けど天野さんは森さんに会いに行くため、
「いやあ・・・俺ちょっと急用が出来ちゃってさ・・・行けたら後から行くから」
と言って、一人暗い田舎道を、小学校に向かって歩いて行った。

しばらく行くと、月明かりで照らされた古い木造校舎が見えてきたんですが、窓に明かりはない。

(あれ・・・明かりついてないなあ・・・。
 森のヤツ本当に居るのかな・・・? からかってんじゃないだろうな?)

そう思いながらも、天野さんは小学校へ歩いて行った。

と、学校の入口が開いている。
中に入っていくと、「おーいここだよ」と声がした。
声のしたほうを見ると、暗い教室の中に、椅子に座る人影が見えたんで、
「ああ、森。そこか。」と言いながら、天野さんは入っていった。

自分も椅子を出して、そこに座る。そして声をかけた。
「なあ、ここ廃校になったんだってな?」
「ああ」
「で、なんだって俺の事をこんな所に呼び出したんだ?」
「いや、お前にだけは会っておきたくてな」
「なんだよお前! 今生の別れな訳でもないし」
「ああ・・・」

それにしてもこの木造校舎、夏だというのになんだか肌寒い。
天野さんは今の今まで、冷たいビールを飲んでましたから、急に用を足したくなった。

「おい、悪い。俺なんだか用足したくなったから、トイレ行ってくるわ」
そう言って天野さんは教室を出て、トイレに向かった。
暗い廊下を歩いていく。6年間通った校舎ですから、勝手は知ってますからね。

トイレに着くと、トイレは真っ暗。
壁にあるスイッチを押すと、蛍光灯が一本、ぼんやりとついた。

曇りガラスを眺めながら、用をたしていると、ふっと目の前を何かが横切ったような気がした。
(あれ?今何か目の前を横切ったよな…なんだろう?)
そう思って、辺りを見るんですが、そんな様子はない。

おかしいよなと思った。
あたりはシーンと静まり返っている。
ふと背後でドンドンと音がした。
個室トイレの扉をノックするような音がしたので天野さんはドキッとした。

どうやら個室の中から扉をノックしているような音だ。

(よせよ、気持ち悪いな・・・)

そう思ったが、そんなことはありえない。
というのも自分がトイレの灯りをつけて入ったわけだ。

大体廃校になった小学校にこんな時間に人が来るとは思えない。
風か何かで物が扉にぶつかっているのかなと思った。
それにしても何だかやっぱり気持ちが悪い。
そういう風なことを考えているうちに、用を足し終えたんで振り返ると、
それは入り口から3つ目の個室トイレが目についた。

(なんだ、このトイレは花子さんのトイレじゃないか)

幼いころに記憶が戻ってきた。
ここでよくふざけたよなと思った。
それで何となく気になったもんで外からノックをして「どなたか居ますか?」と声をかけてみた。
声をかけると応答が無い。

(あぁ、やっぱり誰もいないんだな)

ドアノブを見ると青い印が出ている。
ということはこのトイレは鍵のかかっていない空室ということだ。

(やっぱり気のせいだな。物が中からぶつかっているんだろう)

そう思っていると、ドンドンとやはり中からノックされる音がした。
風か何かで中の物がぶつかっているとは思っているがやはり気持ちが悪い。

もう開けて見るか・・・と思い、ドアノブに手をかけて扉を手前に引いてみた。
扉が鈍い軋む音を立てて開いた。

ぼんやりと蛍光灯の明かりが個室の入り口を照らしている。

(何がぶつかっていたんだろう?)

薄暗い個室の中を覗いてみた。
闇の個室の中に顔を入れてみた。

次の瞬間、天野さんは叫び声を上げて床に尻もちをついた。
ガタガタと震えている。
尻もちをついたんじゃない、それは腰が抜けたんだった。

(首吊りだ!)

叫んだつもりだったが、声は出ていなかった。

天野さんが個室の中に顔を入れて中を見た時、闇の中の自分の目の前にズボンに革靴を履いた男の足が二本ぶら下がっていた。
その足が揺れて個室の扉を叩いていた。

どうやらこうやらあたふたしながら立ち上がり、夢中でトイレを飛び出した。
暗い廊下を走りながら叫ぶ。

「おい森! 大変だ! 森!!」

暗い教室に飛び込んだ。

「おい森、大変だ! 首吊りだ! ト、トイレの中に首吊りがあったんだ・・・!」

でも森さんの返事はない。

「おい、お前ふざけているのか!? そんな場合じゃないぞ、大変なんだ!」

天野さんは壁のスイッチを付けた。
蛍光灯が三本ほどついて中を照らすと、森さんの姿がない。

「おい森、どうしたんだよ? 隠れているのか?おい、おい…」

(おかしいなあいつ・・・帰ったのか? まだ何の要件も聞いていないのに・・・)

と、ハッと気がついた。
それどころではない。
警察に首吊りを通報しなくちゃ…。

天野さんは自分の携帯電話で警察に通報し、その状況を説明した。
警察が来るまで自分はこの場に一人でいないといけない。

凄まじい恐怖と興奮ですよね。体の震えが止まらない。
足もガタガタと痙攣している。
冷えた汗が溢れだし、顔を伝ってポタポタと流れ落ちていく。

「おい森。・・・いないのか?」

その時、天野さんふっと思った。
(こうなったら、二次会に行っている遠藤に電話してみよう…)

それで、携帯電話で遠藤さんに電話をかけた。
すると、多少出来上がった雰囲気で遠藤さんが電話にでた。

それで、森さんから電話があった事、小学校へやってきた事、トイレで男の首吊り死体を発見した事、
警察に通報した事、森さんの姿が見えない事、森さんの携帯電話の番号がわからなくて連絡出来ない事…
今までの事をみんな遠藤さんに話した。

「おいおまえ…男の首吊り死体って本当か?おまえ大丈夫か?今からみんなでそっちへ行こうか?
それでさ、森の携帯番号なら俺が知ってるから、俺から森に連絡してみようか?」
って遠藤さんが言うんで、遠藤さんに頼んで電話を切った。

電話を切ると、また辺りはシーンと静まり返った。
外は真っ暗。明かりがポツンとついた教室に一人立っている自分が、ガラス窓に写るわけだ。

古い木造校舎の中に自分が一人。
そして、トイレに首吊り死体の男が一人…
全く音がない。シーンとしている。
と、その静寂の中で急に電話が鳴った。

トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・

電話が鳴っている。
携帯か・・・?
思わず教室を飛び出した。

暗い廊下を電話が鳴る方角へ行ってみた。
それはどうやらトイレの方から聴こえてくる。

トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・

だんだん近づいていく。
それはトイレの方からじゃない。トイレの中から聴こえていた。

(え・・・ということは、これは首吊り自殺の男の携帯?)

そう思うとまた怖くなってガタガタと震える。

トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・

電話は鳴り続けている。

トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・

・・・

鳴り止んだ。
全身から冷たい汗が噴き出してくる。
暗い廊下に石のように固まったまま突っ立っている。

冷えた汗が顔面を伝ってポタポタと流れ落ちていく。
シーンとした静寂の中、突然自分の携帯が鳴り出した。
その音で天野さんは飛び上がるほど驚いた。

携帯電話を取ると遠藤さんからで、

「あ、俺だよ。俺だけどさ、今さ、森にかけたんだけど、ずっと呼び出してもアイツ出ないんだよ」

その時に天野さんは唐突に思ってしまった。
(え、その電話ってもしかして今鳴っていたあの電話か・・・?)

天野さんは遠藤さんに聞いてみた。
「あのさ、森の携帯電話の着信音ってどんな音か覚えている・・・?」

「そうだなぁ、普通の電話の音ってあるじゃん、トゥルルルルって音。確かあんな音だったよ」

・・・それだ。
今自分が聴いた音もその音だった。

(ということは、やっぱり森はトイレに居るのか?)

おかしい、森は教室で待っていて、俺がトイレに行ったんだから・・・
でも電話が鳴ったのはトイレの中だ。

(どういうことなんだ?)

何だか急に胸騒ぎがしてきた。

ドクンドクンドクンドクン

自分の心臓の音が早くなる。
何だか急に心配になってきた。
頭の中が混乱してきた。

と、電話越しの遠藤さんが
「もしもし?おい、お前大丈夫か?」

その遠藤さんの声でふっと我に返った。

「なぁ遠藤、今俺すごく怖いんだけどさ・・・。助けないといけないから、もう一度森に電話をかけてくれないか?
 それで、その後着信音が3回鳴ったら電話を切ってくれ。その後すぐにこっちに来てくれよな」

「分かった」

電話が切れた。
そしてまた辺りが静寂に包まれた。

シーンとした中でただ突っ立っている状態で、ガタガタと体が震えている。
なおも冷えた汗が体を伝って廊下に落ちていく。

と、突然
トゥルルルル・・・
電話が鳴った。

トゥルルルル・・・

2つ

トゥルルルル・・・

3つ

・・・

電話の音が切れた。
電話の音が3回。
心臓が早くなって胸騒ぎがしている。
無性に恐ろしくなってきた。

怖い。
どうにも怖い。
でもどうにかその恐怖を抑えた。

天野さんは蛍光灯が一本だけぼんやりとついたトイレの中に入っていった。

コツン・・・コツン・・・

自分の足音だけがトイレの中で反響している。

入り口から3つ目の個室のドアが開いたままになっている。
その扉の傍らで深呼吸をした。
それで個室の前に立った。
ぼんやりと蛍光灯の灯りが漏れて入り口を照らしている。
その先は闇がある。

覚悟を決めて一歩踏み込んだ。
そして頭を闇の中に差し入れた。

目の前にズボンを履いた脚がぶら下がっている。
その上にはベルトがある。
シャツが見える。

覚悟を決めて上を見上げた。
その瞬間

「うぁあああぁあああああ」

声を上げた。

暗い闇の天井から首を吊った森さんが自分のことを見下ろしていた。



警察によると森さんの死体は既に死後2日は経過していることが分かった。
ということは、電話をかけてきたあの森さんも、
暗い教室の中で話をしたあの森さんも、
その時は既にこの世のものじゃなかったんですよね・・・。

前の話へ

次の話へ