おじさんの犬

331 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/02/04 00:31
親戚のおじさんが脳溢血で急逝した。
もともと高血圧の質で、ずっと薬を服用していたのだが、まだ五十代だった。
おじさんは二十年くらい前に離婚して独り暮らし。
柴犬を飼っていたのだが、引き取り手のないその犬を、うちで飼うことになった。
しばらく家族で世話していたのだが、その年の冬は今夜みたく寒い夜が続き、
散歩がなおざりになっていた。
ある日、元気のない犬を見て、ちょっと散歩に連れ出すことにした。
いつもは商店街の方に出掛けるのだが、その夜は犬の自由にさせてやろうと
思った。
うちで飼って三ヶ月ほどになっていたが、まだ以前の飼い主のおじさんを
覚えているかもしせない。 



自宅とおじさんが住んでいた家は四キロほど離れている。
もしかしたら元の主人の家まで行くかもしれない、などと思いながら自由にさせていると、
いつしかこちらを引っ張っていた。
犬は二十分ほど歩いて、人気のない住宅地に入り込んだ。
区画整理の遅れた、細い路地が続く旧市街、コンビニもゲームセンターもない
寂しい町並み。
犬は目的地が分かっているのか、勝手に進んでいく。
そして、立ち止まったのが、一軒の古い木造平屋の家。
あたりの家々はぽつぽつと明かりを灯しているのだが、その家は真っ暗だった。
庭も荒れ放題。
この家に、おじさんの犬を可愛がってくれた住人でもいたのだろうか。
耳をピンと立てた犬を眺めながら、ちょっと様子を窺っていたのだが、
不意に悪寒がした。 



犬が鉄製の門に足をかけ、吠え始める。
門の向こうに、あたかも誰かいるかのように。
慌ててロープを引っ張り、逃げるようにその場を後にした。
おじさんが亡くなったのは、犬の散歩から帰ってすぐだったはずだ。
なぜかはっきりと思い出し、ここに居てはいけないと感じた。
犬が足を踏ん張って、思わず振り返った瞬間だった。
さっきまで誰も居なかった門の前に、
やつれた感じの中年の女性が立っていた。

その夜、おじさんの犬は帰ってこなかった。
今も行方が分からない。 

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