自分の声

468 :雷鳥一号:03/12/02 23:37

知り合いの話。
彼はムシャクシャした気分になると、独りで山にこもる癖があった。 
その日も彼は一人野営をしていた。 
仕事の上で同僚と衝突して、彼は短気を起こして口論になったのだ。 
いつものように独り言を呟き始める。 
一種の儀式みたいなもので、こうすると冷静に自省できるのだという。

色々と同僚への文句を並べ立てていたが、自分の方にも悪いところがあったのは 
彼にも分かっていた。 
不満をぶちまけた後で「いや違う、そこは俺が悪かった」と思い直した時。 
真向かいの林の中から、はっきりとした声が聞こえた。

 いや、違う。そこは俺が悪かったのだ。

彼自身の声とまったく同じ声色だった。 
その瞬間、悟ったのだという。 
彼はそれまで独り言をくり返していたつもりだったのだが、実は彼と同じことを 
考えている何かと、延々と会話を続けていたのだ。 
なぜ、その時まで気がつかなかったのかは分からないが、気がついた途端冷水を 
浴びせられたような気がしたそうだ。 
それきり彼は黙り込み、林の中の声もそれ以上何も言ってこなかったらしい。

以来、彼は短気を起こさなくなった。 
頭に血が上っても、あの時の声を思い出すと、自然と冷静になるのだそうだ。

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