ドライブの記憶

147 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/02/19 23:37
それはある蒸し暑い夏の日のことだった。 
その日は、家族の誰もが口を開くことはなく、いつも陽気なおふくろが特に沈んで 
見えた。 
「おふくろ、いったいどうしたんだよ、そんなに沈んじまって」 
「……」 
「なんで無視するんだよ。まったく」 
親父や妹に話しかけても返事は帰ってこなかった。 
「どうなってんだ、いったい?」 

しかし、今日はなぜか体の節々が痛む。 
「あの程度のドライブで疲れがたまるとはなぁ。俺も歳かな」 
などと、思いながら遅い朝食をとろうとダイニングに足を向けたその時、ふと気付 
いた。昨日の記憶が曖昧なことを。 
確かドライブで遠出し、少し道に迷って城下町を見渡せる小高い丘のドライブイン 
で休憩をとったところまでは覚えている。 
だが、その後の記憶がない……なぜだろう。 
「このところ残業が続いたからきっと疲れているのだろう」 
と自分に言い聞かせようとしたが、得体の知れない不安感は少しも晴れなかった。 
そうこうするうち、今度は頭も痛くなってきた。これでは食事どころではない。自 
分の部屋に戻って少し眠ることにした。 

ウトウトとし始めた頃だろうか、 
「おーい、たけしーーっ」 
「お兄ちゃんーーーっ」 
と、誰かが耳元で俺の名前を呼んでいる。 
「……ったく誰だよ、うるせーなぁ、人がいい気持ちで眠ってるのに」 
目を開けると、そこには親父とおふくろ、妹が涙ぐみながら俺の顔をのぞき込んで 
いた。俺は、口に人工呼吸器の管を装着され、そして、全身を包帯でグルグル巻き 
にされて病院のベッドの上に横たわっていた。そして、傍らにいた白衣を着た医師 
らしき人物が、僕に言った。 
「よく頑張りましたね。峠は越えました。もう大丈夫ですよ」 
「えっ?」 
俺は事態が飲み込めなかった。 
ドライブ、全身の痛み、頭痛、ドライブイン……記憶の断片を辿りながら、やっと 
事の次第に思い至った。 
「そうだ、俺は事故ったんだ……俺は今まで夢を見ていたのか」 

三日後、何とか喋られるようになった俺は、そばにいた看護婦に話しかけた。 
「あのー、すいません。家族の者に会いたいんですけど……」 
すると、その看護婦は急に顔を曇らせ哀感の表情を浮かべたかと思うと、やがて意 
を決したように僕に告げた。 
「あなたのご家族は……全員亡くなられました」 
「……?」 
「あなたとご家族は四人でドライブの途中、事故に遭い、あなただけが助かったの 
です。ほかの皆さんは残念ながら……」 
後で事故処理を担当した警察官に事情を聞いたところ、丘にあるドライブインから 
国道に出た直後、大型トラックと衝突し、俺たち家族四人が乗っていた車は丘の上 
から転落。幸い俺だけが一命を取り留めたということだ。 
「では、俺が見た親父やおふくろ、妹の姿はいったい……」 

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