夕焼け

749 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ [sage]:2011/05/19(木) 20:04:27.68 ID:4yVXBav20
知り合いの話。 

彼はかつて漢方薬の買い付けの為、中国の奥地に入り込んでいたことがあるという。 
その時に何度か不思議なことを見聞きしたらしい。 

「とある山間を歩いていた時のことなんですが。 
 夕刻、大きな河にぶつかったのですよ。 
 この岸辺で野宿をしようかと、荷物を降ろしたところ、これが実に見事な夕焼け 
 になったんです。麓の地平線一杯が、こう一面に真っ赤と染まりまして。 
 しばらく感動して眺めていたのです。いやあれは素晴らしかった」 

「それに気が付いたのは、夕焼けからやっと目を離せた時でした。 
 目の前の河面に、何か黒いボールのような物が、山と浮いていたのです。 
 大きさは丁度人の頭ほどもありましたか。 
 何だろう、さっきは何もなかったのに。そう思いながら見ていると」 

「そのボールの一つが、くるりとこちらを向いたのです。 
 水面の直ぐ上に、小さな黒い丸が二個付いていました。 
 それが瞬きして初めて、目玉だとわかりました。 
 河の中に居た何者か達が、一斉に浮かび上がって、夕焼けを眺めていたのです」 

「目が合った後も、怖いとは思いませんでした。 
 あぁ彼らも夕焼けを美しいと思う生き物なのだな、とそんなことを考えまして。 
 あちらも私に興味を無くしたのか、直ぐに落日に向き直りましたし。 
 日が完全に沈む頃、いつの間にか彼らは姿を消していました。 
 その夜はそこで一泊したのですが、別に何も起こりませんでしたよ」 

「村に戻ってから知り合いにこの話をしたところ、あの辺りは昔から河伯がいる、 
 私が見たのもそれであろうと言われました。 
 日本で言うところの河童みたいなモノなんでしょうかね」 

「最近のニュースで知ったのですが、あの地方、今は渇水で河が枯れてしまった 
 そうなんです。天候不順とか水の汲み上げ過ぎだと言われていましたが・・・。 
 あれほどの大河が枯れるというのも凄い話ですけど。 
 あれだけ居た河伯達、何処に行ってしまったのでしょうね」 

そう言った彼の顔は、どこか寂しそうだった。 

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