山蛸

201 :虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ :2007/09/28(金) 05:02:56 ID:VL1lHe7G0
空腹の蛸(タコ)は、自分の足を食らって飢えをしのぐという。「山蛸」もまたそうであった。 
山蛸は森に潜む怪異で、普段は鳥獣を捕らえて食っているが、 
獲物が獲れぬと海の蛸と同様、八本ある足を口にして食いつなぐのだ。 

その姿は、頭は人に似て、八本の足は猪のような太い毛で覆われて蜘蛛のような形であり、 
木々の間を飛ぶように移動し、樹上から獲物に狙いを澄ませ八本の足で捕らえて、 
人に似た口で蕎麦でもすするかのように食らう、という。 

人を襲う事は少なく、獲物が獲れるうちは熊や狼などの肉食獣と何ら変わりは無いのだが、 
糧が得られぬとなると、己の足を一本、また一本と、蕎麦をすするように食う。 
他の動物の肉を食えば足はまた生えてくるというのだが、しかし、自分の足をすべて食い尽くすまでに 
獲物を捕らえる事が出来ないとなると… やがては、自分の頭をすすって食べるのだそうだ。 

頭まで食べつくした山蛸は、口だけがぽつんと残る。 
飲み込んだモノがどこへいくのかは、人の理解を超えておりよくは分からない。 
そして残された口は、その場から遠くへは行けずに周囲の空気をすすり続けるのだ。 
もし、山中で風向きとは違う方向に草木の葉がなびいていたら、絶対にその方向を見てはいけない。 
見てしまったら、口だけの山蛸に吸い込まれ、二度と帰れなくなってしまうから… 

と、山住まいの老人が、子供の頃に教わったという話をしてくれた。 
おそらく、山で獲物を獲り尽してしまわないための戒め話であったのだろう、と老人は振り返る。 
山林での神隠しの理由付けや、ムササビなどが妖怪視された事にも何か関連があるのかも知れない。

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