這う指

237 :虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ :2007/10/01(月) 04:19:22 ID:TCGogr410
ある山の工事現場。 
昼の休憩中、作業員の男が一服しようと思いポケットの中をまさぐると、何やら生暖かいものが触れた。 
つまんで取り出すと、それは人の物らしき、指。 

「ひゃっ!」と男は年甲斐も無く少女のような悲鳴をあげ、それを投げ出す。 
指は生まれたての小動物のようにのた打ち回り、やがて雑草の上を這って茂みに消えた。 
「どうした?」と駆け寄る同僚に、一部始終を話す男。 
「疲れているんじゃないのか。早めに上がったらどうだ?」同僚は気遣う。 
しかし、男はその言葉を払いのけ、愛する家族のために疲れの取れぬ体に鞭打ち仕事に戻った。 

その日の午後の事である。男が事故に遭い、指を一本失うはめとなったのは。 

「あの這う指は、俺の物だったんだな。ちゃんと捕まえてりゃ、切らずに済んだのかもしれない」 
作業員の男は病床でそう語った。 
見舞った同僚は、まだ疲れが取れてないんじゃないのかと思ったが、口には出さずにおいたという。 

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