闇プール - 伊集院光

自分の場合は見ての通り霊感とか無さそうでしょ。
それで実際霊感は少ないですから、自分自身に起こった経験というのは少ないんですけど、
そういう自分でも「うわー、怖いな」とか、「本当に霊とか居るのかな?」って思っちゃうんです。
自分よりも間違いなく強い奴が怖がっていると、本当にそういうことがあるのかなって思ったりするんです。

それで自分が通っていた中学校の隣の中学校というのは当時ものすごく悪くて、強くて、
その中でもトップクラスで悪かった山際くんという友達が居るんです。
こいつは本当に怖い奴なんですけど、その話をする時は真面目に怯えている奴でした。

皆さんは『闇プール』というのをやったことあります?
闇プールというのは日常茶飯事で、夏休みとかの暑い日になると中学校のプールに友達同士で忍び込んで、
夜中に泳いで勝手に遊んで帰っちゃうってやつなんです。
それを山際くん達は夏の夜は必ずやっていて、まずは友達の家で深夜まで遊んでいて、

「暑いな、闇プール行くか」

「行こうぜ行こうぜ」

自分の通っているプールに夜中に忍び込んで勝手に泳いで遊んでて、
そうしたら一人の奴が校舎の裏側のほうをずっと見ているんですって。

「どうしたんだよ、誰か来た?」

「バレたらやばいぞ」

「誰かいんのかな?
 おい、見てこいよ」

それでちょっとプールから体を出して伸びてみたら、一年位前から学校に全く来なくなってしまった理科の先生が白衣で裏庭にボーっと立っているんですって。

「あれ、あいつじゃん。
 理科の先生」

「あいつ一年くらい前からポツッと来なくなったよな」

その先生は学校が結構荒れていたのでちょっとノイローゼ気味でいなくなっちゃった先生だった。

「あいつ夏休み明けから復帰すんのかな」

「あいつ話しだすとなげーんだよな」

「あいつうるせーから、見つかって後で怒られるより、今こっちから行っちまうか」

それで一緒に居た四人組でプールを出た。

「先生お久しぶりです」と声をかけるんだけども、先生はこちらを全然向いてくれない。
それで先生は遠くを眺めながら、ブツブツと何か独り言を言っているんですって。

「先生久しぶりです。
 プールに忍び込んで夜遊んでいました」

でも先生はずっとブツブツ言っている。
全然こちらに気がついていないというか、構っていないんだ。
変な方向を向きながらずっと一人で喋っていて、埒が明かない。

「何かあいつ変わってんな。
 やっぱり変だな」

何喋っているんだろうと思って黙って聞いてみた。

「最近の中学生は学校に疲れているんだか、授業に疲れているんだか、
 胸を張って歩かないし、青い空を見上げたりしないんだ・・・。
 それが私は嫌なんだ・・・。
 もっと胸を張って歩くような生徒が居ないとダメなんだよ・・・」

というような全然意味のない話をしている。
それで何十分もこっちが謝ったりしているのに怒られるかなと思っていても、全然叱りもしないで一人で喋っている。
だからそいつが気持ち悪いから、「帰ろうぜ」って言って放っておいて帰っちゃった。
帰りながら見てもまだ一人でずっとブツブツ言っていた。
それで家に帰って

「きっとあいつ夏休み明けから来るんだよな」

「絶対生活指導とかに言いつけるよな」

なんて話してた。

それで夏休みが明けて学校に行った。
「絶対職員室に呼ばれるよな」って思っていたんですけど、一週間経っても二週間経っても全然呼ばれない。
何も注意されないどころか、肝心の理科の先生がいつまで経っても復帰しない。

それでやっぱり、そういうの嫌じゃないですか。
いつ言われんのかなーって思いながら過ごすのって。
それで生活指導の先生の授業の時に

「あの、すみません。
 理科の先生から聞いたと思うんですけど、夏休み中に僕達プールで遊んでいました」

「えっ、何のこと?」

「いやだから、理科の先生から聞いたと思うんですけど」

「えっ、何言ってんの?」

「だからプールに行ってたら理科の先生に会って・・・。
 理科の先生は復帰しないんですか?」

「いやー、復帰してもらいたいんだけどね。
 ・・・あの先生、行方不明なんだ。
 それで捜索願が出ているんだよ、一年間ずっと」

「えっ、でも僕ら夏休みの夜に会いましたよ」

「お前ら放課後職員室に来てくれるか?」

あー、これは怒られるんだなと思いながら放課後に四人揃って職員室に行った。
そうしたら職員室に警官が居るんですって。
それで先生が言うには

「もうプールに行ったことは怒っていないけれど、
 その理科の先生のことは捜索願が出ていて警察の捜査が入るから
 何処で会って、その先生と何を話したのか教えてくれ」

「放課後プールで遊んでいたら裏庭の木々があるところに立っていて、
 何だかよく分からないけど、ずっと『最近の生徒は胸を張らない』とか、『空を見ない』とか、
 そんなことをブツブツと言っていて変な様子でしたよ」

「服装は?」

「服装は・・・」

山際くんが答えようとしたら隣に居た奴が「白衣」と答えた。

「あー、白衣だったよな」

「うんうん、白衣だった」

それで皆で先生と会った場所に行ってみた。
すると木の上の方に白衣が引っかかってビラビラとたなびいていた。
それで警官が上がって見に行ったら、そこに半ば白骨化したその先生の死体が白衣を着たまま刺さっていたというの。
後で調べたら白衣の中には遺書が入っていた。

『もう学校教育に疲れたので死にます』

その先生は一年前に屋上から飛び降りたんだけども、その木に刺さって誰にも見つからなかった。

「でも俺らが先生に会ったのは先々週のことだよな・・・」

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