鉄扉 - 吉田悠軌

トオルさんは昔東北のある大学に通っていたそうなんです。
そのトオルさんは他の三人の友達と一緒に肝試しにいくことになったんです。

車で街を離れていって山の麓にあるコンクリートの大きな廃墟、まぁちょっとしたビルになっている建物だったんですがそこに行ってみようってことになったんです。
どうやら昔は工場として使われていた、そんな噂は聴くんですが一体何の用途に用いられていた用途かは分からない。
とにかく夏の暑い夜にその山の麓まで四人で行って中に恐る恐る入ってみた。

ただこれが少し期待はずれだったんですね。
廃墟っていうのは例えば人の生活の跡だったり何か書類であったりテーブルであったり食器であったりそこに人が居た気配、そういったものを感じられるからこそ怖いのであって、ただその建物をというのは何もないガランとした空間が広がっていたんです。

「おいおい、なんか拍子抜けだな」なんてみんなで話しながら二階に登っていく。
ただそこもガランとしたコンクリートの空間。
三階もそう。

「これ全然怖くねぇなぁ、肝試しになんねぇな。
 他のスポットに行くか」

と言いながらまた一階に戻ってきて外に出ようとした時に仲間の一人が一階の端のあたりを指差した。
来た時は気づかなかったんですがそこから地下に降りていく階段があったんです。

「おぉせっかくなら地下も降りてみるか」と言っていると一人が
「あぁごめん、おれパス」と言い出した。

「いやお前らさ、ここ怖くない怖くない、拍子抜けだって言ってるけどさ。
 俺はやばいわ。
 この空気が駄目だ。
 耐えられないから地下には行けない。
 だからお前らだけで行ってくれないか。
 俺は外に居て待ってるから」
と言ってきた。

(おいおいビビりだな)とは思ったものの無理に連れて行っても仕方がない。
その彼だけ外に出して待たせておいて三人で階段を降りていったんです。

その階段を降りていった先はただの細長い通路でその先に鉄の扉、鉄扉があったんですね。
まぁどうせ鍵はかかっているだろうなと思いながらもその鉄の扉の取っ手を回してみる。

ガコン

意外にも鍵が開いている。

ギーっと開けるとその鉄の扉の向こうにはまた広い空間が広がっているようだった。

「じゃあちょっと見てみるか」

携帯の明かりを照らして中に入っていく。
隅々まで見たんですがそこも上のフロアと同じようにただのコンクリートの無機質な空間が広がっているだけだった。

「何だよ、ここも同じかよ。
 じゃあもう出るか」

と言いながら三人は先程の鉄の扉の方を見ると

「あれ?」

確かに開けたままにしていた鉄の扉がきちんと閉まっている。
取っ手のハンドルも元に戻っている。

「おかしいな」と言いながら近づいていって

ガチャッ

「あれ、あれ」

鍵がかかっている。

「開かないぞ」

「え、どういうこと」

「うちら閉じ込められたってこと?」

「わかんないよ、何なんだよこれ」

確かに開けっ放しにしていた扉。
もしも閉まったとしたら音がしたはずだし、そもそも風一つ無い地下の空間で勝手に閉まるわけがない。
ましてや鍵がかかるはずがない。

これは一体どういうことだと一瞬パニックになったんですが、まぁ上に一人待たせているわけですから十分も十五分も自分たちが戻らなければ心配になって降りてくるだろう。
そう思って待っていたんですが待てど暮せど上の友達が来る気配はない。

「おいなんだよ、あいつ何やってんだよ」

段々とイライラしてくる。
結論からするとその彼というのは気分が悪くなってしまって二台あるうちの一台で家に帰ってしまっていたんです。

そうとも知らない三人はイライラしながら待っていたんですがそのうち扉の向こうから

「おい、そこに誰か居るのか」
中年の男の人の声が聴こえてきた。

「うわ、やばい」
三人で顔を見合わせる。

「ここの関係者の人かな」

「忍び込んだのがバレちゃうからまずいな」
と思っていたんですが背に腹は代えられない。

「あのすみません、ここに居るんですけども」

「なんだ、そこに誰か居るのか?」

「すみません、自分たちふざけてここに入ったら閉じ込められてしまったみたいで。
 そちらから扉を開けてもらえないですかね」

「おいなんだ、そこに誰か居るのか?」

どうもおかしい。
こっちは必死に開けてくれと頼んでいるんですが、向こうからそれが聴こえているのか聴こえていないのか。
同じような言葉しか繰り返さない。

「おお誰か居るのか?
 おいなんだ、そこに誰か居るのか?」

「あ、はいうっかり入ってしまったので、そちらの方から鍵を開けてくれませんかね?」

「おいなんだ、そこに誰か居るのか?」

何を言っても響かない。
そのうちこちら側もイライラとしてきて

「あの、だから鍵がかかってしまったんですよ。
 その扉開けてもらえないですか!?」
とつい強めに怒鳴ってしまった。

すると先程まで同じ言葉しか繰り返さなかった相手が

「いやそれは駄目だよ。
 お前らはそこで死ぬんだよ」

と扉の向こうからドッと大勢の笑い声が聴こえてきた。
数人では絶対に鳴り響かないようなそんな大音量で笑っているんです。

三人は思わず鉄の扉から離れていって地下の隅でガクガクと震えている。
でもずっと大勢の笑い声が響いている。
そのうちフッと笑い声が静かになって、また三人が顔を上げると先程きちんと閉まっていた鉄の扉が入ってきたときと同じようにしっかり開けられていたのが見えたそうなんです。

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